【21.09.01】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.101)「ホテルの意義を再定義する」Part1

ホテルの本質とは



「ホテルはその存在意義を変えるべき時期にあり、存在を再定義する必要がある」

私はプロローグでこう述べた。新型コロナウイルス感染拡大によって〈宿泊〉という需要が大幅に縮んでしまったため、宿泊以外の価値創造を模索すべきであり、そのために新しい在り方を考え、新しい価値創造をしていかなければならないのではないかという意見だ。

「ホテルは宿泊の場所」。これが従来の定義であり本質だ。本質とは、あらゆる要素をそぎ落として最後に残ったもの、欠くことができない最も大事な根本要素のことである。その〈宿泊〉という本質の需要が、今回の感染禍によって激減したのである。
では、どうあるべきか、どんな新しい価値創造ができるか、それをどう考えていけばいいのか……、第一章では、これを整理してみたい。

一般的に、ホテルは「サービス業」だと認識されている。「おもてなしビジネスの最高峰」というイメージを持つ日本人も多いだろう。ホテルはサービス業。これは間違いない事実だ。しかし、実はサービス業だけでは、ホテルビジネスの正しい説明とはいえない。五〇点である。ましてや、ある業界の人たちから見たら、ホテルはまったく違う性格を持ったビジネスになる。




ホテルという不動産業の契約時間単位とは



左記の〇〇〇の枠には、どんな文字が入るか、お分かりだろうか。

ホテル = 〇〇〇業 + サービス業

ホテルは、〇〇〇業にサービス業を付加したビジネスである。
答えは、「不動産」である。ホテルというビジネスは、土地と建物という不動産の上で、サービス・オペレーションを展開するビジネスなのだ。これを、ビジネス用語で「オペレーショナル・アセット」と呼ぶ。オペレーション(運営)しなければ価値が生まれない資産(不動産)なのだ。

では、不動産ビジネスとはどんなビジネスか。ひとことで言うと、土地や建物を利用して価値を生み出すビジネスである。建物という空間、もしくは単なる土地という空間を時間で区切って利用者に提供している。その時間の長さによってさまざまなビジネスが展開される。

例えば、分譲マンションは、一度売ってしまえば永久に購入者のものになる不動産業態である。賃貸マンションであれば、時間単位は〈月〉であり、利用者は家賃を支払って部屋という空間を借りているのだ。ウィークリーマンションであれば、賃貸住宅(マンション)を一週間単位で借りることができる住居であり、オフィスビルは月単位で賃料を支払う。レジャーホテル(通称:ラブホテル)は、二〜四時間ほどの〈時間〉単位で空間を提供している。コインパーキングは〈一〇分〉単位で駐車スペースを貸しているビジネスだ。つまり、契約期間の単位で事業内容が変わるのだ。

では、ホテルという不動産業の契約期間は、どんな時間単位だろうか。

これは、すぐにお分かりだと思う。〈一日〉である。ホテルは一日単位で客室という空間を貸し出している不動産ビジネスである。そこにサービス・オペレーションという価値を加えて一つのビジネスにしているのだ。




ストックビジネスとフロービジネス



話は多少脱線するが、さまざまな不動産ビジネスの業態があるなかで、ホテルは最も難しいビジネスではないかと、私は感じている。賃貸マンションであれば、一度賃借人が入ってしまえば、あとは管理・清掃といった作業だけで毎月固定家賃が入ってくる。一方のホテルはといえば、マーケティングやセールス活動を駆使して毎日客室を埋めなければならない。しかも、ご利用いただくゲストに対して、サービス・オペレーションを提供しなければならない。つまり、三六五日毎日埋めるための努力とコスト、オペレーションという努力とランニングコストが発生するのだ。

さらに補足すると、マンションやオフィスビルならば少なくて済む共用スペース(ロビーや廊下などのパブリックスペース)や事務所(バックオフィス)などを確保しなければならない。理論上は収益を生まないスペースを比較的多めに持つ必要があるのだ。二〇一〇年代になってインバウンド需要が増えたあとは、「そうとも限らない」と言われるようになったが、不動産業界では「ホテルは景気変動やオペレーターの力量に影響し、ボラティリティ(価格の予想変動率)が大きくて最も難しい不動産業態、坪効率が最も悪い不動産業」というのが定説だったようである(不動産ビジネスには、契約単位が短ければ短いほど単位面積当りの売上が高くなるというセオリーがあり、ホテルは〈一日〉という短い契約単位によって、ほかの不動産業態よりも高収益を実現できたり、需要に合わせて販売価格を柔軟に高めたりすることができるメリットもあることを補足しておく)。

ここ数年のビジネストレンドに「サブスクモデル」がある。多くの経営者、ビジネスマンが自社のビジネスモデルをサブスクモデルにできないか思案している。「サブスクモデル」とは、サービスを提供し、そのサービスを一括で売上金として受け取るのではなく、月額制や年額制で受け取る仕組みである。毎月固定で収入を得られるため、経営者にとっては資金繰りに頭を悩ませる必要が減る、ありがたいビジネスモデルである。これをストックビジネスと呼ぶ。ストックビジネスの対義語が、フロービジネス。フロービジネスとは、顧客との関係は継続的ではなく、その都度顧客との関係を築き、その時々に収益を上げていくビジネスである。契約や販売を繰り返さなければならず、売り上げのめどが立たない時期には収入が入ってこないというリスクと不安が経営者に付きまとう。
お分かりだと思うが、賃貸マンションという不動産業はストックビジネスであり、客室を一日単位で販売するホテルは、フロービジネスである。私が、「ホテルビジネスは難しい」と感じる大きな理由のひとつがこれである。




オペレーショナル・アセットという本質



話が横道に逸れてしまったが、ホテルの本来の本質である「宿泊する場所」を、一度脇に置いて、ホテルの本質を「一日単位で空間を貸し出す不動産業」と考えてみる。
 不動産業とは、「空間」×「時間」で価値を創るビジネスある。そして、オペレーションによって価値を加えたのがオペレーショナル・アセットというビジネスである。こう考えると、計算式は次のようになる。

ホテルという不動産業 =「空間」×「時間」×「オペレーションによって創造する価値」

どうであろうか。ホテルという不動産業を因数分解し、三つの要素に分けて考えてみるのだ。それらの掛け合わせによって、無数の価値創造の方策が生まれやしないだろうか。
「空間」でいえば、ホテルには、客室以外にもレストラン、バー、ロビーラウンジ、庭、プールサイド、宴会場など多様な空間がある。

「時間」なら、分単位、時間単位、一日単位、週単位、月単位、年単位での区分ができる。あるいは分譲すれば永久に買った人の持ち物になる。「オペレーションによって創造する価値」も、「誰に・何を・どのように」という問いによって無限に思考を巡らすことができるだろう。

これまでのように「宿泊施設」という在り方だけでホテルを考えると、ゲストは午後三時にチェックインし、翌日の一一時にチェックアウトするまでの二〇時間の滞在体験は一様である。例えば、フロントでチェックインした後に客室に入り、寛いだ後、夕食をとり、バーでお酒を楽しんで就寝。翌日は朝食をとってからチェックアウト。ほぼこのような滞在ではないだろうか。そして、顧客提供価値は、「翌日の活力」である。ゲストは次の日に生き生きと元気に活動するために宿泊するのである。

一方、「オペレーショナル・アセット」という在り方ではどうか。同じく、午後三時にチェックインし、翌日の一一時にチェックアウトするとして、その二〇時間の体験価値をどうデザインするかが問われることになる。ホテルの新しい定義を「オペレーショナル・アセット」とすることで、顧客提供価値は〈体験〉となり、思考は多様に展開できるようになる。

最近では、ホテルの予約から、チェックイン、滞在、チェックアウト、後日SNSに投稿・レビューするというところまでの体験を時系列で紙の上に書き出して、各ポイントをどう設計すれば顧客体験が最良のものになるかを考える「カスタマー・ジャーニー・マップ」という手法もよく見かけるようになったし、宿屋大学では、マーケティングの講義や研修で頻繁に扱っている。

もっとも、三時チェックイン・一一時チェックアウトという考え方自体が、一日単位というフレームに縛られた考え方だ。時間単位、週単位、月単位などで考えることによって、オペレーショナル・アセットによる体験価値を創造する幅が広がる。
オペレーションすべきは、快適な宿泊のお手伝いではなく〈体験〉だ。よって、これからのホテル業界人が磨くべき能力やスキルは、体験価値を創造する力であり、デザイン力になる。よりクリエイティブな発想力が求められるようになるだろう。



ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.101)「ホテルの意義を再定義する」Part2 に続く


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