【15.06.29】 「ホテル総支配人の6つの力」 by 福永健司氏 最終回「適応力」

第六の力「適応力」


 どの時代にも、経済や政治などの大きな流れや変化がありますが、ホテル業界の今ほど変化や変革に対する備えと適応力を求められる時は、珍しいのではないでしょうか。
 円安効果や東南アジア諸国に対する観光ビザ緩和を背景にインバウンドビジネスが好況です。念願だった来日外国人数が1千万を突破し、2千万超という数も視野に入ってきました。また東京での50年ぶりの夏季オリンピック、そしてIR(Integrated Resort=統合型リゾート)の計画、更にはホテル不動産を含めた投資市場の取引の活発化によりホテル・観光業はポジティブな要素が多く続いています。
 しかしながら、同時に現場レベルでは慢性的な人材不足、原材料費の高騰やホテルによっては建物修繕や免震・耐震対応、日進月歩のIT関連への対応も迫られ、リスクや脅威にさらされている側面も多いです。
 まさに、この10年でホテルビジネスを取り巻く環境が大きく変化しています。

 以前は4つの壁の中というホテルの器の中で、来館したゲストに対応をしていさえすればよかったのが、いまやネットへの口コミ投稿への対応がとても重要になっています。ネットという新たなリソースを得て、多くの知識と情報で武装したゲストへの対応が求められています。さらには、細分化されたゲストセグメントの個別な対応、インバウンドの飛躍的な人数増加に対する言語、文化、習慣への対応、内部ではコンプライアンス(法令順守)、外部では災害や疫病、そしてテロなどに対する準備などなど、数え上げたらきりがありません。
 つまり、ホテルという4つの壁の中では納まらない環境なのです。

 では、今後の10年、ホテル産業はどう変化するのでしょうか。
駅の改札の切符切りが自動改札機に取って代わって久しいです。カメラのフイルムの役割を、いまではスマートフォンが取って代わっています。
 こうしたイノベーションや技術革新によって、結果として起きているのは、まず単純に仕事がなくなっています。“作業”は“機械”に取って代わられているのです。
こうした例は、他業種や他業界で様々なかたちで現実化していますが、我がホテル業界でも、現実として既に始まっているものも多いです。
 ルームキーを不要にするキーレスチェックイン(スマートフォンやアップルウォッチなどウェアラブルあるいはモバイル機器の機能を利用)、宿泊ルーム、宴会場のゲストによる部屋の選択や料飲のオーダー、そしてロボットコンシェルジュ(ロボットホテルスタッフ)などです。こうしたテクノロジーとの融合は、確実に現場レベルにも浸透してくるものです。
 これらは一例ですが、こうした事実は、本来は人、ホテルマンを媒介としたピープルビジネス、労働集約型の産業であるホテルにコンピューターや人工知能にできない人の英知、相手を慮る心、予測し提案する能力、あるいは問題解決能力など更なるホスピタリティの進化を要求しています。


2M+Aを身に着ける


 これからは、自身が得意とする分野に、時勢にあった価値をどのくらい付加できるかが勝負の肝なのです。付加価値を増やし、生産性を自ら高めることが自身をも守り、攻めに転じる機会を創出するのです。自身の得意分野を伸ばし、さらには複数のエリアをカバーできるのが理想です。点ではなく線へ。強く得意な点と複数からなる他の点をつないで線とし、この変化と刺激に満ちた現代社会をサバイブするのです。
 究極的にはマルチスキル(Multi-task)、マルチナレッジ(Multi-knowledge)をベースとしたアダプタビィリティ(Adaptability=適応力)の2M+Aが必要です。求められているのは“適者生存”の理論。一番強いものが生き残るわけでなく、一番賢いものが生き残るわけででもない。変化に適応したもののみが生き残る、という論です。
 “適応力”、すなわち変化に適応できるか否か。それが勝負を決めます。

「そんなに器用ではないよ」という声も聞こえてくると思いますが、それでは総支配人として、ホテリエとして、あるいはビジネスマンとして、誰も止められないこの現実社会でどうバリューとインパクトを出しますか?
 望むと望まぬとホテルだけでなくすべてが不確実性と不透明感に包まれているのが現代です。時間を問わず、人も物も金も垣根なくボーダを越え、情報が錯綜し我々に迫ってきます。
 総支配人として出向くホテルにはそのサービス形態としてフルサービスからリミテッドサービス、またロケーションとして国内あるいは海外、ホテルのタイプとしてシティ、リゾート、そしてオープニングなのかリブランドなのかなど、ホテルの状態まで種々多様なものです。
 また、つねにホテルオーナーが三顧の礼で迎えてくれることなどはありません。様々な環境下を自身のスタイルと嗅覚で環境に適応し、結果を出して「なんぼ」ということなのです。

 気付かなければならないことは、どんな人でも時間が経つとともに摩耗しアイディアが枯渇します。時代が求める能力やスキルも変わるということです。
 そして、過度のストレスとプレッシャーの掛け合わせが、いわゆる「燃え尽き症候群」であるならば、なんらかの形で自身のセーフティネットを準備していることも必要です。
 ストレスやプレッシャーはどんなレベルでも誰にでも存在します。そうしたストレス、プレッシャーと仲良くし、楽しむ気概を持つ必要と誤解を恐れずにいえばある種の開き直りが自身を救います。

 本年1月から半年間に渡り総支配人の6つの力をご愛読いただきまして誠にありがとうございました。本コラムが多少なりとも皆様の参考や気づきに関与することが出来ていたならば望外の喜びです。また多くの方からフィードバックや励ましの言葉を頂き、私自身も勉強になり、また勇気づけられました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
 文末になりますが今コラムを宿屋大学のHP上で取り上げるというチャンスを与えて頂き、最後までサポート頂きました近藤代表に感謝を申し上げます。



 実感として個人的に思っていますのは「総支配人道に、入り口あれど、出口なし」。
 指名もしくは任命された瞬間が総支配人への入り口となります。しかしながら、役割を演じるにあたり、シナリオもなければ解答もない、だからこそ自身の才覚と複数の力が必要となります。それらも必要十分な要件とはいえず常に学びと精進を重ねる必要があります。

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