【15.05.26】「ホテル総支配人の6つの力」 by 福永健司氏 第五回「大局力」

第五の力「大局力」


 本コラム「総支配人の6つの力」も5回目をとなり、残すところ今回を含め2回となりました。
 1、2回でベースの力となる自身や物事に対する「情熱力」を、そしてビジネスリーダーとしての「ビジネス力」を題材とし、3、4回ではそれらを補完し更にパワフルにさせる「人間力」と「体力」を説きました。残り2回では、リーダーとしてのジレンマと、劇的に変化するホテル業界を取り巻く環境(ホテル以外もですが)、そして自身のマインドセットについて取り上げていきたいと思います。

「総支配人(リーダー)の仕事を敢えてひとつ挙げよ」と言われたら、私は迷わず「決断すること」と答えます。その意味では今回のテーマを“決断力”にするべきでしょう。ですが、決断に行きつくまでのプロセスや気持ちに焦点を当てるために“大局力”(=あるいは大局観)が必要ですので、大局力としました(ビジネスは数値が重要ですが、特に我々の従事するホテル業界は感情をもつ人間が中心なので、「気持ち」という部分を敢えて切り離さないことにします)。

「大局力」とは、近視眼的な思考や、枝葉の部分にばかり目をやって結論を考えるのではなく、文字通り「大局に立って」考えられる力のことです。「木を見て森を見ず」と言いますが分解をして細かく施策を考え始めると全体感を見落とします。決して細かい部分に目をつむれと申し上げているわけではありません。
 しかしながら現実社会でつねに直面するのは、自己矛盾や全体矛盾との整合性を如何にとるのか、「あちらを立てればこちらが立たず」という矛盾を総支配人としてどのように判断・決断し、どのように説明し、どのように行動するのか。部分最適や全体最適という言葉遊びではなく、今、そこにある危機を自身の責任範疇のなかで、どのように乗り越えていくのか、これが問われるわけです。

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 ご存知の方も多いかもしれませんが「3つの目」、すなわち虫の目、鳥の目、魚の目で物事を見ることが有効です。
 まずは“虫の目”。虫の特性である複眼を例えとし、さまざまな角度で物事を捉えることです。
 次に“鳥の目”。上空から眺めて全体像がどうなっているのかを見渡します。まさに鳥瞰的に見てみることです。
 最後は、“魚の目”。川の流れのなかで時代の潮流を読み取るということです。
虫の目で情報を多角的に整理し、鳥の目で物事の優先順位を判断し、魚の目で環境や戦況を理解し、決断をする。という流れです。

 また違う尺度でいえば、「お金(コスト)」と「時間」と「リスク」を判断の際に考慮すべきです。「そのアクションにはコストはいくらかかるのか(高いのか、安いのか)?」、「時間はどのくらいかかるのか(すぐに必要か、否か)?」、そして「そのアクションはしないと究極的には何が起きるリスクがあるのか?」という観点です。
 こうした自分なりの複数のフィルターを持つことが、道に迷ったときに、右に行くか左にいくかを瞬時に判断する基準になります。

 私はチェスを好んでやりますが、やはり「定石」が大事だと思っています。むやみやたらに駒を動かすのでなく、ゲームをつくりながら全体を見渡す動かし方があります。
 現実は机上の空論のようには推移しないのが常ですが総支配人として「攻める」「守る」をこうした方法を用いて全体を俯瞰しながら対処するのもひとつかと思います。

 我々ホテルを含めたホスピタリティ、サービス業では、つねにゲストに向き合っているので日々の運営の局面、局面で即断即決を求められます。また複雑な状況下や未知の場面において決断を下さざるを得ない場合も、この大局力があればタイムリーに最適解を導く確率が高まり、不要な混乱を引き起こさず、失敗を回避することができるのです。

 大局力を養うためには経験が必要です。「若いときの苦労は買ってでもしろ」というのはある種、金言であります。
 例えば、総支配人として新しくホテルに赴任した場合、新総支配人は大局的観点に立ち、赴任先のホテルの状況を理解し、対応をしなければなりません。ホテルのおかれている状況も千差万別です。新規開業なのか、リブランディングなのか、業績は良いのか、悪いのか、さまざまなケースがあり、それぞれアプローチが変わってきます。これは経験のなせるものです。
 総支配人はよく船長に例えられます。そうした意味では大局力と経験値を用い、灯りも目印もない大海原を、方向を示し、皆の力をひとつにし、目的地まで連れて行くのが役割です。「朝令暮改」を否定しないこともないですが、やはり組織を動かす場合には要素を吟味し、方向性を定め、号令をださないとその後の検証や迷いで当初とは違った方向に舵をきる(すなわち方向性を変える)のは全体が疲弊し時間のロス、機会損失になります。ましてやそれが続くと信頼にも傷がつきます。

 基本的に、総支配人になった瞬間から、決断の仕方やその役割は誰も教えてはくれません(少なくともホテル内では)。自身のキャパシティと経験値が勝負です。従って総支配人になる前にできるだけ多くの「oh my God!(大変だ、どうしよう!)」という事象への経験やその対応を体感する必要があります(故意に不手際や問題を生む必要はありませんが)。

 今までであなたが下したビジネス上での最大の決断は何ですか。
 マネージャーにはマネージャーの、部門長には部門長の、そして総支配人には総支配人の立ち位置で求められる決断の種類、内容や質が変わってきます。決断の種類、内容や性質が今の立ち位置を顕著に表しているかもしれません。
 フルサービス型のホテルでは部門間による祖語やコンフリクト(衝突・葛藤)が発生するケースが多々あります。総支配人はそれを大局的観点より、与える影響と効果を推察し、最終的な決断を下し、そして結果に対する責任をとります。

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 大局力はあなたを救います。













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