【15.03.31】「ホテル総支配人の6つの力」 by 福永健司氏 第三回「人間力」

 ホテル総支配人が持つべき「6つの力」を紹介している本連載ですが、第三回目となる今回紹介する力は「人間力」です。

 この「人間力」ですが、3つの視点から、なぜ必要かを述べたいと思います。
 まず、「ホテルオーナー会社との関係」です。今世紀に入って、投資ファンドによるホテルの売買が盛んになり、ホテルを所有したり買収したりするオーナーの目的も多様化してきました。そうした「オーナーがホテルを所有する意図や目的」を理解する必要があります。
 次に「コンプライアンス(法律や企業倫理を遵守する)」です。十数年前、エンロン社が会計不正により破たんし、多くの投資家に莫大な被害を与えたあたりから日本国内でも多くの上場企業による会計操作による不正や倫理基準を逸脱した行為(個人レベルですと横領やハラスメントもこれらに値します)が散見され、ニュースとなり、それ以降、色々な法律などが強化されました。
 3つ目は、労働人口が減少し、採用が容易に進まない状況が到来しています。こうした環境下でいかにチームをリードするのか。スタッフの価値観の多様化にどう対応するのかが求められているのです。



 いまや、ホテルの存在が、直接的、間接的にオーナー会社の事業全体に影響を与えるようになっています。そのため、オーナー会社によるホテル運営への介入や管理を強化する傾向にあるのです。直接的影響とは、ホテルのパフォーマンスがROI、あるいは連結決算対象として本体業績に及ぼす影響であり、間接的影響とは、上場している親会社や将来的に売却を予定する投資会社へホテルのコンプライアンス問題が影響してくるということです。
 よって、総支配人の職務権限は今後、減少する(職務的義務は増えるが権限は増えない、使えない=結果としては減る)であろうと予測します。総支配人が使える権限が限定的になっていくなかで、結果を出し続けることを求められるのです。人事権や購買、営業に関する権限などは特に思うように行使できなくなるでしょう。比喩的に言うと、両手両足を縛られプールに投げ込まれ、息継ぎしながらロープを自身で解き、泳ぎ切ることを求められるのです。

「どのような状況下でも結果を求められるのが総支配人である」と前回(第二回「ビジネス力」)述べました。ビジネスでは、つねに矛盾と闘い、答えがない状況においても限られたリソースで最適解を導き、それを具現化することが求められます。アンフェアーな状況と思われる方もいらっしゃると思いますが、よくよく考えると何てことはない、このような事態は毎日起きています。

 職務権限やリソースが整い、お膳立てが万全の状態だとしたら、結果はだれでも出すことができるのです。ただし、そのような状態は稀有です。
それでは、最小化された権限、足りないリソースを前提に、どのように戦うのか。なにで足りないものを補っていくのか。

 それが人間力です。

 総支配人や部門長などの“役職”で人を動かすのは“ポジションパワー”です。これでまかなえるうちはまだいいです。個人的にはこのパワーを使うのは最後でいいと思っています。
 人間力とは、ポジションパワーに頼らなくても人が動いてくれる力です。“この人のために”というような“ヒューマンパワー”です。強制的に権力で動かすのではなく、スタッフが自ら動きたくなる自発的なアクションです。ですから、よりパワフルです。もっとも大事なのはスタッフも外側からの強制による“やらされている”ではなく、内側から湧き出る“やりたい”という気持ちです。それをインスパイヤー(触発)する力こそ、人間力なのです。
 人間力を会得するにはどうすればいいのでしょうか。実は「これ」といった解はありません。そもそも「部下は3日で上司を知り、上司は3年経っても部下を分らず」、というのが現実です。
 あなたは、部下のことをどれだけ知っていますか。あなたの言葉に勇気と力はありますか、言霊はありますか。
 キーとなるのは「信頼関係」です。これがすべてのベースであり、これを醸成するには日々のあなたの言動が重要です。「背中を見て盗め」、「阿吽の呼吸」といった方法は古くなっています。

 ホテルビジネスのゲームが変わり、経済環境が変わったいま、従来のやり方は通用しません。自分の言動を変えるのは自分でできるが自分以外の人の言動は人間力(ヒューマンパワー=リーダーシップ)なくしては変えられない。組織内の役職でなく目先の問題を率先してあたる積極的な行動が信頼を生み、よりパワフルな関係を生み出すのです。
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 エンパワーメント(権限委譲)と、仕事を任されたスタッフをフォローし、アドバイスする。これに尽きます。結局はホスピタリティです。みなさんがいつもゲストに対して日々、行っていることなのです。

 部門長のときも、そして総支配人になったいまも、私のホテリエ人生は、追い込まれもがき苦しむ試練の連続です。そんな私自身が部下(チーム)に幾度となく助けられて、今日があります。今日こうして立っていられるのも彼等、彼女達のおかげです。
かつて、大変厳しい経営環境に陥っていたとき、私は私の部下たちからこんな言葉をもらい、その苦しい状況を乗り切れた経験があります。

「我々は福永さんに恥をかかせるわけにはいかない。気にしないで目の前の状況を打破して欲しい。我々は大丈夫です」という言葉です。彼らも相当試練の日々を送っていたときにもかかわらず、躊躇のないこの言葉を掛けられ、私は救われました。

 ゲストを喜ばし満足していただく、会社に貢献するということも大事ですが、誤解を恐れずに言えば、私自身はこうした人間関係、絆を構築していくことが仕事を越えた人生の醍醐味であると思っています。

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