【14.12.09】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.90)

「能ある鷹は爪を隠す」は、通用するか!?


 私はいくつかの大学で授業を担当させていただいていますが、大学で講義をしていていつも感じることがあります。
 講義をしていても反応が読めないのです。学生は理解しているのか面白く感じているのか、またはその反対なのかまったく分からず、レクチャーをしながら不安になるのです。
ところが、グループディスカッションやプレゼン、試験をやってもらうとその不安は一気になくなります。彼らはしっかり理解しているし、講義を受けて「自分はこう考えた」という意見も持っているのです。これを知って講師である私は、初めて講義のやりがいを感じるのです。
 ただし、この「能ある鷹は爪を隠す」的なスタンスは、果たしてグローバル社会で通用するのかということには毎度疑問を抱きます。グローバル社会においては自己アピールをしていかないと、どんなに能力が高くても認められないからです。

 また別の話です。
 先日、ある日系の一流ホテルを利用して疑問を抱いたことがありました。ADR2万円ほどのシティホテルです。車でホテルに到着し、エントランスで車を停めて、私はそこにいた数人のドアスタッフのひとりに「荷物が多いので台車を貸してください。自分で運びます」と伝えました。すると、こんなことを言われました。
「申し訳ございませんが、台車をお客さまにお貸しすることはできないので、私どもで運びます」
 そして、荷台から荷物を下ろし、車を地下の駐車場に停めてから客室に上がって待っていると、数分後にベルスタッフが届けてくれました。
 ドアの方もベルの方もとてもきちんとしていましたので、お客としてはいいサービスを受けたと思います。
 ただし、ホテル業界人である私としては複雑な感情を覚えました。なぜなら、このホテルの内情は、実はサービス残業が常態化しているのです。つまり、お客さま満足をとるためにスタッフのプライベートを犠牲にしているのです。

 この二つの事例を考えた際、共通の思いを抱きます。
 それは、「グローバルスタンダードから考えると不合理なことなのですが、同時に日本の美徳なのかもしれない」ということです。
「能ある鷹は爪を隠す」的な日本人の控え目な姿勢、一流ホテルの格式にのっとったきちんとした接客サービスにこだわる姿勢。これらは、もしかしたら日本人の強みであり国際競争という土俵で勝てる要因になるかもしれない。
 現に、日本で20年間暮らし、ビジネスをしている私の友人のアメリカ人は、日本人の控え目な姿勢を絶賛しています。多くの外国人が、日本のホテルのスタッフの一生懸命な接客を「世界一素晴らしい」と褒め称えます。
 また、日本人が慣れないながらに「私はこれができます。人より優れています」といった自己アピールをしたら逆に墓穴を掘ることになりはしないかという不安もあります。
 サービスにおいても、(サービス残業はもちろん撲滅してほしいですが)日本人の良さは型を重んじるきちんとした接客であり、労働効率や生産性ばかりに目が行くと、その部分でかなり先行している欧米流サービスオペレーションに対抗できないかもしれません。

 我々は何を考えなければならないかというと、グローバルスタンダードに合わせることではなく、日本の良さや美徳をどう“強み”にしていくかということだと思うのです。科学的、理論的な研究の成果としての経済合理性の追求、生産性向上といった改善をグローバルレベルで進めつつ、我々の個性、日本人の美徳を強み、競争優位性にしていくことだと思うのです。
 こんなことは、竹鶴政孝が日本で初めてウィスキーを作った時代や、堀越二郎が西洋の航空技術を学びつつ零戦を設計した時代から議論されてきたことだと思いますが、グローバリゼイションにばかり偏っても見誤ると思います。
 モノづくりの製造業ばかりではなく、サービス業、宿泊業においてもこの点にフォーカスする意味はあるのではないでしょうか。

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