【14.02.03】新連載「日本のおもてなしは競争優位になるか 〜シンガポール×ホスピタリティビジネス〜」

第一回 「おもてなし」だけでは競争優位にならない


 今回から、新連載を開始します。
 シンガポール在住の臼杵沙織さんが綴るシンガポールから見た日本のホスピタリティ業界。
 下記は臼杵さんからのメッセージ。

 ホスピタリティとは、おもてなしの心、よいサービスなどと言われていますが、実はもっと深いもの。お互いの存在を認め合う対話のことを指します。
 これってマニュアルにはできないけれど、技として身につけることはできると思うのです。素敵なエピソードが紹介されている本はたくさんあるけれど、どうやってそれを自分の仕事や生活で実践したらいいか分からない…。それもそのはず、ホスピタリティの技術は身体知なので、文章では伝わりづらく、体系化されてないのが現状です。それに日本の生活の中で自然に行っている場合も多いので、意識もされません。さらにマナーや接客術のような自己研鑽だけでは、到達できない領域が広くあります。
 わたしはこれまでホテルで得たことやアジア地域における経営学を学んだ経験から、ホスピタリティを“再現性のある技術”として整理していこうと思っています。西洋のホスピタリティも素晴らしいけれど、日本やアジアのホスピタリティも面白い。多様な風土と文化に育まれた奥深い対話の術は企業経営にも役立つはず。
 一人の人間の技として、さらにチームで理想の結果を得る手段として、ホスピタリティマネジメントを広めていけたらと思っています。

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「日本には素晴らしい言葉があるね。“おもてなし”という素晴らしい文化が生きている」
 私が働いていた外資系ホテルの総支配人は、そう言って旅館のエッセンスをホテルの内装やサービスに取り入れました。外国人から見ても魅力的なこの「おもてなし」を旅館やホテル以外の場所で表現するのはとても難しいものです。単にハードを上質なものにし、丁寧な接客を行うだけではコストを増やすだけです。それをその企業の文化にまで根付かせつつ、一方では利益確保のための経営判断をしなくてはならないからです。
 2020東京オリンピックパラリンピックに向け「おもてなし」の機運は高まっていきますが、「心温まる接客」の舞台裏をどのように調えていったらよいか迷っている企業も多いのではないでしょうか。そしてそれを携えて海外に出て行くには何が足りないのか。日本とシンガポールのホスピタリティビジネスを比較しながら考えていきたいと思います。


1、生産性とイノベーション


 人は仕事中、その人の持てる能力の何%くらい使っているでしょうか。
 私の場合は、デスクワークのときで20%、ホテルの接客のときで40%くらいだった気がします。手を抜いていたのではなく、一生懸命に仕事をしていたのです。しかし「頭を使ってないなぁ」という時間が勤務時間の半分以上はありました。それに、本当はもっとこうしたいけど、システム上できない、立場上できない、あのマネージャーのときはできるけど、あの人と同じシフトのときはできない、ということもありました。

 日本の労働生産性は、OECD34カ国中19位(2011)。製造業のみだと6位なので、サービス業が足を引っ張っていると予想され、依然として米国の70%程度に留まっています。生産性を上げるには、分子のOutput(付加価値、生産量)を増やすか、分母のInput(労働者数×労働時間)を減らすしかありません。しかしサービス業の現実を見ると、どこも人手不足。これ以上人数を減らすなんてとんでもない状況です。では現状の人数で、Outputを増やしていくしかない。もしサービス業に従事する人が、まだ能力の半分程度しか仕事に使えていないとしたら、とてももったいないですね。もし残り半分の眠っている能力も使ってもらうことができたら、本人の意欲も高まり、組織の生産性も上がり、お互いの相乗効果でイノベーションが起きる可能性だってあるのです。

 日本のサービスの質の高さは日本人によって支えられてきました。これまではそれが当たり前でしたが、今後日本のサービスを輸出する際に日本人もセットで輸出するわけにはいきません。その場所にいる人を使ってサービスを行っていかねばなりません。現地の多様なバックグランドをもった人に「おもてなし」をしてもらえるように仕組みを作らねばならないと思います。ヒントはどこにあるでしょうか。

 日本以外の国では、仕事と階層が固定していることが多いと感じます。シンガポールのホテルの例で言うと、

オーナー  =華人系富裕層
マネージャー=欧米系知識層
現場サービス=現地、周辺国地域ミドルクラス
清掃や屋外での仕事(3K的分野)=現地、周辺国未習熟労働者

 この固定化された階層を超えて、アイディアを交換し、ディスカッションして仕事の向上が計られることはほとんどありません。意見を言う機会はあっても、要望が受理されるだけに留まり、それにより方針が変更されたり、企画が生まれることはなかなかありません。一方日本では、パートの清掃のおばちゃんでも、黒服のマネージャーでも、バイトの留学生でも、コミュケーションを取らないということはないでしょう。星野リゾートやホテルグリーンコアのように、お客様の最前線に立つ人間が経営会議で意見を述べ、直に接していない幹部層より発言権があるところもあります。これは欧米や他のアジアの国々にはない何よりのアドバンテージです。階層や部門を超えてコミュケーションを行い、パート勤務でも、マネージャーでも100%能力を発揮してもらうこと。平たく言うと、スタッフの「手」しか雇ってない状況から、「頭」も使ってもらうこと。「頭」と「口」しか使っていなかった人には「体」と「心」も使って仕事をしてもらうこと。こうしてスタッフに100%能力を発揮してもらい、生産性向上と新しいサービスへのイノベーションの足がかりを見つけること。これが日本のサービスが競争優位に立つための1つ目のステップだと思います。


2、イレギュラーを基本に

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 サービスを行うには何が必要でしょうか。主な要素は、ハード、ソフト、ファンクションです。「機械や建物」を「機能」させるのが「人間」の役割という関係です。しかしいつのまにか、機械や機能に人間が「使われて」いないでしょうか。そういう視点で身の回りを見渡してみると、本末転倒になっていることが沢山あることに気がつきます。

「朝食セットのポテトをほうれんそうにできますか」
 朝食の忙しいときにそんなことできない。
「東京駅が使えないなら品川で新幹線を折り返せばいいのに」
 品川駅はそういう構造になっておりません。
「このネイルデザインで、色だけ変えたいんですけど」
 このメニューだとできないですねー。

 そうですよねーと笑って諦めてしまう、あなたや私が今日も日本のどこか(特に東京)にいないでしょうか。

 確かにいちいちイレギュラーに対応するには人も時間もかかるし、その対応している間に通常業務がおろそかになってしまうこともあるかもしれない。しかし、もしイレギュラーが多いなら、そもそもその基本設定が間違っていたということです。基本設定と運用オペレーションを更新すればいいだけのことです。そしてやってみたら意外と簡単で、「これくらいいつでも出来るのだから早く言ってよ〜」と得意になったりするのです。つまり、「物理的にできないからやれない」のではなく、「組織の命令だったらやるけど、責任取りたくないから自分の判断ではやりたくない」という心理が、日本のサービスを融通のきかないものにしてしまっているのです。

 シンガポールに引っ越したばかりの頃、無印良品のオンラインカタログを見て、欲しい本棚がありました。日本版のカタログにはあるが、シンガポール版のカタログにはない。ダメもとで日本無印とシンガポール無印のお客様センターにそれぞれメールしてみました。日本版のカタログにしか載っていない本棚買えますか?3日後にまず日本から返信が来ました。

 お問い合わせ誠にありがとうございます。
 あいにくですがご希望の商品は日本のみでのお取り扱いになります。
 また、シンガポールへ配送することもできません。
 お問い合わせいただきましたのに心苦しいのですが何卒ご了承くださいますようお願いいたします。
 これからも無印良品をご愛顧くださいますようお願い申し上げます。

 仕方ないとあきらめていました。
 それから2日後、今度はこんな内容のメールがシンガポール無印から届きました。

 喜びを込めて返信いたします。
 お問い合わせいただきました本棚は下記の商品で間違いありませんでしょうか。
 こちらは本来日本のみのお取り扱いではございますが、幸い私どもでお取り寄せさせていただくことができます。
 まずは代金の半額を店舗でお支払いの上、ご注文ください。商品がシンガポールに到着しましたら、ご連絡差し上げますので、残りの半額のお支払いとお届け日のご連絡をお願いします。ご注文いただいてから2ヶ月程度でお届けできます。なお3000ドル以上のお買い上げで10%オフ、500ドル以上で送料無料となります。本件に関して更に詳しくご相談されたい場合はいつでもご連絡ください。お返事お待ちしております。

 この2つの対応の違いをどう感じるでしょうか。
 買いたいと言っているのに売りたくないという日本のカスタマーセンター。相談を受け止め、情報があれば提供する、という業務内容なのでしょう。一方、東南アジア人の勤務態度はダラダラしているように見えますが、基本はおせっかいで出来ることなら手伝ってくれようとします。その人間らしい振る舞いが勤務中も続いている。日本人の方が勤務態度はまじめに見えるけれど、心もあの通勤電車に乗っているときに硬直してしまうように思います。そして会社の入り口につく頃には、挨拶しなきゃと考えなければ挨拶できないほどに固まっています(その満員電車を世界に売ろうとするのだからちょっと笑ってしまいます。)

 日本のサービス業の中でもこのように、アジア人のなんでもやってあげようとする気質をちゃんとサービスに組み込めている場合は評判がよく、逆に日本のサービスの型を押し付けているところは評判がよくないようです。

 サービス業は毎日イレギュラーが起きるもの。
現場の人が自信と責任をもって柔軟に対応できる仕組みになっているでしょうか。
「イレギュラーが起きる」ということを前提にオペレーションを組み、それとリンクした人的管理とマーケティングを統合して行うこと。何より、日々の変化を楽しむ余裕を、現場や会議で持てるようにする。これが硬直した日本のサービス業が取り組むべき2つ目の課題だと感じます。

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3、サービスとホスピタリティを区別すること

             台湾の加賀屋で和服を着て働く台湾人のスタッフ


 社内に文化を作るときにまずやるべきこと。それは社員同士で使う言葉の意味を統一することだそうです。例えば、「整理整頓」という言葉。倉庫やロッカールームによく張ってありますね。具体的には何をすることでしょうか。そしてその言葉のイメージは隣の人と同じでしょうか。日産ではゴーンさんにより、整理=定位置に戻すこと、整頓=不要なものを捨てること、と決められているそうです。具体的に何をすればよいか誰の目にも明らかですね。

 ではサービス業でよく使われる、サービスやホスピタリティといった言葉の意味を社内で考えてみたことはあるでしょうか。私はこう解釈しています。

 サービスは、効率的に沢山の人に対して同じものを提供すること。
 ホスピタリティは、相手に配慮した対応の結果、満足や調和が生まれること。

 この二つを同じ場所で行おうとすると、現場は身動きがとれなくなります。
 お客様満足度が大事と言いながら、現実には売上目標が優先されている。
 人件費を下げろと言いながら、お客様に丁寧に接しましょうと言われる。
 ムリです。

 そして混合されるとやってくるお客様も、この店や商品に何を求めていいか分からなくなり、結局どちらのメリットも感じずに去ってしまいます。

 これらの言葉の意味を明確にし、区別して使うと、企業としてクリアなメッセージを発信し、ブランドが確立され、顧客に安定したイメージを持ってもらうことができます。

 例えば加賀屋。厨房から各部屋まで食事の配送は独自開発の全自動のベルトコンベアで行われます。客室数200を超える部屋へ人間が運ぶのは非効率だし、冷めたりぬるくなったりすることを防ぐことができます。最終的にはコンベア出口からお部屋へは仲居さんが運びます。人と接するところはホスピタリティで、見ないところはサービスで、と明確に区別した事例です。

 逆もあります。アップル社の製品は、開発の段階で徹底的に人が欲しがり、使い勝手がいいように作り込まれる、ホスピタリティデザインです。その後の製造とマーケティング販売はグローバルで行い、一部のコアなファンに向けてはストアでホスピタリティ溢れる接客をする。ビジネスの各段階でサービスとホスピタリティを明確に分けた例です。

 サービスとホスピタリティ。どっちが優れているといった問題ではなく、社内でそれぞれが定義され、それに基づいて行動できるようになっているか、自分のビジネスにおいてはどこに何を効かせるのがよいか、見えているが最大の問題なのです。

 日本のサービスやおもてなしは競争優位になるのか。
 潜在的にはイエスですが現状ではノーです。
 人の力を引き出す仕組みを作り、硬直したサービスを見直し、キーワードを整理してビジネスプロセスごとの強みに生かすこと。少なくともこれらの課題に取り組む必要がありそうです。


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●臼杵沙織(うすきさおり)さんのプロフィール
 1984年生まれ、福岡出身。ホスピタリティコンサルタント
 立命館アジア太平洋大学アジア太平洋マネジメント学部卒業、アジア投資戦略専攻。在学中に留学生の人材バンクを起業し、通訳や語学教師として派遣する事業を行う。メーカーの石油調達部門に勤務した後、ザ・ペニンシュラ東京のロビーラウンジでサービスを担当。スタッフやゲストの魅力を引き出すことに喜びを感じる。その後、マンダリンオリエンタル東京人事部にて従業員満足向上、新人研修などを担当し、6つ星のサービスを裏から支える。出産を機に退職。育休中に東京YMCA国際ホテル専門学校にて就職準備講座を行う。昨年10月よりシンガポール在住。日本ホスピタリティ推進協会認定ホスピタリティコーディネーター。

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