【10.08.19】9/6宿屋塾の油井氏(9h)をインタビュー!


















油井氏の宿屋塾 ↓
http://yadoyadaigaku.com/program/JK1016.html



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□□ 「緩慢な自殺」は、一端デフォルトに戻すことでしか、
    食い止めることはできない。
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その新感覚のデザイン性で注目を集めるナインアワーズ。しかし、そのビジネスには、さらに斬新なコンセプトや価値観があった。「部屋」という概念を捨て、「スリーピングハブ」というコンセプトで世界展開を図るナインアワーズ。そのリーダーをつとめる油井社長は、9月6日(月)に宿屋塾に登場するが、それに先駆けてインタビューした。油井氏の軌跡とビジネス哲学を紹介しよう。 ●取材・文 近藤寛和


【ポイント】
●「スリーピングハブ」という、「スペース効率の抜群に良い宿泊サービス」は、世界に通用する
●ビジネスが縮んでいるのに何もしないのは、緩慢な自殺をしているのと同じこと
●再生とは、今までの延長ではなく、今までとは違う事業の構造にしていかなければならない
●「高級カプセルホテル」というコンセプトは、「高級軽自動車」と同じ。この発想自体が貧しい
●「ナインアワーズを維持するためにお客さまが存在する」という考えは、明らかに違う。これだけ宿泊施設があり、お客さまは自由に選べるのだから、「お客さまのためにナインアワーズは存在する」であるべき。お客さまが先で、ビジネスが後なのだ
●プロダクトを売るのではなく、ライフスタイルを売る。ビジネスとは、それを使ったらその人の生活がどんなふうに変わるのか、どんなふうにより良くなるのか、どんな体験ができるのかといったことをデザインしなければならない
●「ホスピタリティ」という言葉は一切使わない。言っているのは、「親切」、「清潔」、「あいさつ」この3つだけ
●ナインアワーズとホテルの関係は、iPhoneと携帯電話の関係と同じ。携帯電話には必ずあるテンキーが、iPhoneには存在しない。テンキーを捨てることによって、別のインターフェイスを追加することができた。ナインアワーズは、「部屋」という概念を捨て、機能にフォーカスした
●デザインとホスピタリティは日本が世界に誇れるもの

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カプセルホテルのビジネスは嫌いだった

 学校を卒業するころ、私は父親がやっていたカプセルホテルのビジネスが好きではありませんでした。酔っぱらったサラリーマンやお金のない人が泊りにいく場所という非常にネガティブなイメージがあったのです。それで、野村証券グループのベンチャーキャピタルであるジャフコという会社に就職しました。
 ベンチャーキャピタルの仕事は、まだだれも評価しないときに有望な起業家、ビジネスを発掘し投資をする仕事です。その企業が成功に向けて軌道に乗ったり、上場したりすると、また違う金の卵を見つけて去っていく。しかも、表舞台には上がらない。ここに美学を感じたんです。男子一生の仕事だと思いました。米国では、アップルコンピューターに投資したアーサーロックなど、そうそうたるベンチャーキャピタリストがいて、彼らが今のITの繁栄の基をつくったのです。だれも見たことのない産業の未来を信じて資金的な支援をする。そういう存在に魅かれていました。
 ところが99年に父が急逝しました。そのとき、初めてキュービックの財務諸表を見たんです。びっくりしました。借金が5億、キャッシュが1000万円しかなかったんです。どう考えても後数カ月で倒産という状態でした。それでも、父が残した会社を棄てる勇気もなく、借金ごと相続しました。ただ、カプセルホテルは好きではなかったので、財務面ばかりのやりくりをして、現場の運営などにはまったく関与しなかったんです。
あとは、会社の債権を私個人が買い取るなどをして、借金を5000万円ほどに圧縮していったんです。このくらいの額なら何をやっても返せていけるだろうということで、もし本腰を入れてやるんだったら、本気でやろうと思ったのが、私のこのビジネスのスタートです。
本腰を入れて考えると不思議なもので、「もしかしたらカプセルホテルは、世界に通用するビジネスモデルかもしれない」と思うようになっていきましたね。

そう思うようになった根拠はなんですか。

 合理性ですね。坪効率の良さです。普通の宿泊主体型ホテルの一室は約12uです。それに対し、私どものカプセルひとつは2・2u。それが二段重ねになっている。つまり約1/10の効率の良さがあります。
 客室というくくりではなく、「スリーピングハブ」という、まったく違うコンセプトでの展開です。どうせやるのであれば、国内ばかりに目を向けていても広がりがないですし、このコンセプト、つまり「スペース効率の抜群に良い宿泊サービス」は、世界に必要とされると思ったんです。
 私が本腰を入れて着手したとき、新しいものに作り替えたかったのですが、当時資金がないので、ハード的な変化はなにもできませんでした。できることは集客に力を入れることぐらいです。いままでと同じやり方、同じ顧客にだけ目を向けていても成長がないのは分かっていました。それで目を付けたのがインターネットだったんです。当時、カプセルホテルは看板を設置したり、交通広告をしたり、チラシ配りをするといった集客方法しかしていなかった。そもそも予約を受けるということもなかったですし、外国人や女性というセグメントもまったく考えていなかったんです。そこで、新しい顧客の創造のためには、インターネットで外国人や女性にも目を向けていこうということになったんです。そこしか選択肢がなかったともいえますが……。
 新しいマーケットの掘り起こしは2005年ぐらいからやり始めました。その後08年のころには、売り上げベースで2・2倍にまで増えました。
外国人に関して言えば、秋葉原店は昨年4月に立ち退きのために閉鎖をしたのですが、当時は全体の15%ほどが外国人でしたし、京都に至っては現在80%が外国人のお客さまです。バックパカーズのようなバジェットトラベラーも多いのですが、うちの特徴は、ビジネスマンの方も多いですし、例えば外資系高級ホテルや高級旅館に宿泊している方が、「ぜひナインアワーズに一泊したい」というニーズがけっこうあります。

ビジネスが縮んでいるのに何もしないのは、
緩慢な自殺をしているのと同じこと

着手されたのはマーケティングだけだったのでしょうか

 リノベーションなどは、ほとんどできませんでした。ただし、「デフォルト(初期設定の状態)に戻す」という作業をしました。開業して何年もたつと、いろいろなものが溜まってきます。お客さまによかれと思って自販機やゲーム機など、どんどん増えていきます。それらをすべて撤去し、まっさらな状態に戻したんです。その上で、全館無線LANを装備したり、ミネラルウォーターを無料で提供したりしました。簡単にいえば、嗜好性のあるものを排除し、インフラとして必要なものを付加していったのです。カプセルホテルも、そもそも「ぐっすり眠る」ためのインフラです。インフラ整備に集中するというのが当時向いていた方向でした。
 いままであったものがなくなったのですから、クレームも出ましたし、去っていった顧客もいました。それは、仕方ないことだと思います。そういう人たち向けのサービスをしていった結果、ビジネスが立ち行かなくなった。これで何もしないということは、緩慢な自殺をしているのと同じです。今までと同じことをしていて再生できないということは、事業構造自体に問題があるのです。再生とは、今までの延長ではなく、今までとは違う事業の構造にしていかなければならないのです。このとき、「これだけの顧客が安定しているのだから、なにもなくさなくてもいいのではないか」という意見が出てきます。でも、それを聞いていたら「今までを引きずる」だけで、永久に変わらない。今あるものに、新しいものを載せるだけでは、必ず齟齬が生じます。
 マイナスの状態にいること自体が、すでに緩慢な自殺をしているのと一緒なのです。小さな変化の積み重ねではなく、構造からリセットしないと再生なんてできません。現実を見据えて手を打つことが大事です。

ナインアワーズの開発はどのように進めていったのでしょうか

 これまで累計80ほどの外国メディアに取材されました。カプセルホテルに持つ日本人のイメージは「狭苦しいスペース」という、ちょっと貧しいイメージなのですが、外国人から見ると「あそこまでコンパクトにするのはすごい」という、クレイエイティブなイメージなのです。非常にポジティブに受け入れられました。
 世界に打っていく新たなブランドを作りたいと思っていたんです。ところが、最初に依頼したデザイナーさんの案は、「高級カプセルホテル」というコンセプトだった。それを見たとき、これは違うと思いました。狭い空間であるカプセルホテルなのに高級であるということは、「高級軽自動車」と同じです。この発想自体が貧しいのです。スウォッチには貧しさを感じませんが、「偽物のロレックス」には貧しさを感じますよね。本来安くてコモディティなモノなのに高級を求めるという行為自体がチープだと…。
不動産投機などで急にリッチになり、高級マンションに住んで高級スポーツカーなどをこれ見よがしに乗りまわす人も、どこか貧しさを感じるし、お金が本当になくて毎日インスタントラーメンばかりを食べている人もやっぱり貧しい。この二者は対極にいるだけであってどちらも本質の貧しさは同じだと思います。
この「高級カプセルホテル」という貧しさの産物は、デザイナーさんの勘違いではなく、無意識に私がこのようなイメージを持っていた結果、生まれてしまったのです。父親がやっていたカプセルホテルの事業を嫌っていた自分の中の貧しさが、この時も出てしまった。それがデザイナーのアウトプットに鏡のように反映されてしまったのです。
また、一方で当時は「ビジネスなんて儲かればいい」と思っていました。でもこれは違う。「ナインアワーズを維持するためにお客さまが存在する」という考えは、明らかに違いますよね。これだけ宿泊施設があり、お客さまは自由に選べるのですから、「お客さまのためにナインアワーズは存在する」であるべきなのです。お客さまが先で、私たちのビジネスが後なんです。この順番を間違えてしまうと、非常に貧しいものになってしまう。自分さえ儲かればそれでいいという発想は貧しいのです。

プロダクトを売るのではなく
ライフスタイルを売る

 アップルコンピューターは、すごい企業です。iPodって、とても素晴らしい製品だと思うのですが、決してiPodを大映しにして宣伝しません。iPodを持ってひたすらダンスをしている人や、腕につけてジョギングしている女性などをコマーシャルで出しています。プロダクトを売っているのではなく、ライフスタイルを売っているのです。使い方とか、使った後にその人の生活がどう変わるかをデザインしているプロダクトメーカーなんです。
 ナインアワーズの見た目のデザインをカッコイイとほめてくれる人はたくさんいますが、それは、私は当たり前のことであって、当然クリアしなければならない要素だと思っています。それを使ったらその人の生活がどんなふうに変わるのか、どんなふうにより良くなるのか、どんな体験ができるのかといったことをデザインしなければならないのです。
 自分の貧しさに気付いた後、今度は、「本当の豊かさはなんだろうか」という問いに対する自分なりの答えを考え続けました。一年ぐらい考え続けたと思います。ビジネス全体のデザイン、提供する価値などを深く考え続けました。

ホスピタリティ産業の難しさは感じていますか

 いえ、まったく感じていません。と申しますか、「ホスピタリティ」という言葉は一切つかっていません。当たり前の事なのに、それを特別の事のように言うこと自体がおかしいと思います。本当のおもてなしをしている人たちに対して失礼だと。うちで言っているのは、「親切」、「清潔」、「あいさつ」この3つだけです。当たり前の事ですよね。
スタッフには、「中途半端な接客をするのだったら、ずっと掃除をしていてください」と言っています。掃除をしている人の前で、その場を汚したり煙草の吸殻を投げ捨てたりする人はいません。お客さまもお行儀よくなります。それ以上に、一人目のお客さまも、150番目のお客さまも同じお金を支払っているのです。当然同じ状態で提供しないといけない。それさえできていないでホスピタリティもなにもありませんよね。コモディティでインフラ的な商品サービスを、リーズナブルな価格で、しかも平等に提供するとなると、ホスピタリティという付加価値をつけることは不可能だと判断しました。ですので、インフラに限りなく近いベーシックなものだけを徹底して提供するようにしたのです。
われわれはホテル業ではないと考えています。われわれは「スリーピングハブ」であって、ホテル業界のヒエラルキーには一切属さないのです。「都市の中の寝床」というコンセプトで、マーケットを捉え、別のプラットホームを作るつもりです。
 ナインアワーズとホテルの関係は、iPhoneと携帯電話の関係と同じです。携帯電話には必ずテンキーがありますが、iPhoneにはありませんよね。テンキーがなくてはならないから二つ折りにしなければならないとか、スライド式にしないといけないとかいう方向で考えないといけなくなります。iPhoneは、テンキーを捨てました。捨てることによって、別のインターフェイスを追加することができたんです。iPhoneユーザーのほとんどは、iPhoneを携帯電話だと思っていないでしょう。
ナインアワーズは、「部屋」という概念を捨てました。機能にフォーカスしました。われわれが、ナインアワーズがホテルとは一線を画しているのは、それと同じ理由からです。
都市の中で、短時間快適に深い眠りを享受したいというニーズ、夜遅くまでお客さんと食事をし、翌日は朝早くから仕事に出かけなければならないというときには、寝ること、シャワーを浴びること、身支度することの3つしかしないわけです。それが一流れで合理的にでき、一つずつのクオリティが高いものが欲しい。こうした、ナインアワーズの存在がちょうどいい日は、多くの方が年に何回かは持つものです。われわれはそのニーズにアジャストしていこうと考えたのです。ですので、空港のトランジット時などには最適でしょうね。深い眠りを数時間してシャワーを浴びて身支度してリフレッシュするだけなのに、余計なものはいらない。それだけできればいい。そんなニーズにアジャストした形がナインアワーズなんです。

最初に京都に出されたのは、やはり世界を見据えて
のことでしょうか

いや、最初からそこまで考えてのことではありません。でも、デザインとホスピタリティは日本が世界に誇れるものだと思います。これから工業製品の輸出というビジネスモデルで外貨を稼ぐことができなくなる時代になりますが、それに代わる日本の価値は、デザインとホスピタリティだと思っていて、それをナインアワーズというパッケージにして世界に売っていきたいですね。
いま、15〜16件くらい、出店しませんかというオファーが海外から来ていますが、まだベース固めすらできていないので、お待ちいただいている状態です。
事業パートナーを探している最中です。運営だけさせていただく運営受託契約も視野に入れています。ナインアワーズの価値やビジネスモデルを広めることがわれわれの仕事であって、不動産を持つことではありませんから。

油井氏は9月6日(月)に宿屋塾で講演をされます。
http://yadoyadaigaku.com/program/JK1016.html
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油井啓祐(Yui Keisuke)氏のプロフィール

株式会社キュービック代表取締役。1995年株式会社ジャフコ入社。国内ベンチャー企業への投資業務に従事。99年父の逝去に伴い、株式会社キュービック代表取締役に就任。04年キュービックが保有する「カプセルイン秋葉原」の 事業再生を本格化。 06年新事業の構想に着手。07年柴田文江氏にビジネスモデルとデザインに関するディレクションを依頼。 08年「カプセルイン秋葉原」は開業20年目にして過去最高益・最高人泊数を達成。09年「カプセルイン秋葉原」は周辺の再開発に伴う立ち退きにて閉館。09年「カプセルイン秋葉原」の再生ノウハウを活かして全国の カプセルホテルの再生支援事業に着手。 2009年新事業として「ナインアワーズ」の1号店を京都に開業。


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