【10.03.04】ホルスト・シュルツ氏講演録

シュルツ氏が日本人ホテリエに熱く語った5つのこと

2010年2月25日、東京ビッグサイトにて、元・ザ・リッツ・カールトン・ホテルカンパニー社長のホルスト・シュルツ氏の講演会を、宿屋大学法人化記念講演会として開催した。テーマは「ホテルに取り憑かれた男のホスピタリティビジネス哲学 〜ホルスト・シュルツ氏はいかにしてLegend Hotelierになったのか」。会場はホテル業界人120人が集い満席に。2時間にわたって熱く語った言葉を紹介する。


私はホテルビジネスを愛しています。

私は、2002年にリッツ・カールトンを退任しました。その別れは、ちょっとした痛みを伴ったものでした。金曜日の午後が最後でした。自宅に戻ると、同じように会社を辞めたばかりの隣人が遊びに来て、「これからは、ゴルフや好きなことを思う存分楽しむぞ」と楽しそうなので、大好きなことを辞めてしまったばかりの私は少しショックでした。そして、次の月曜日には、もうすでに新しいホテル企業を立ち上げていました。
 
それほどまでに、私はホテルを愛し、ホテルで働く人たちが好きなのです。


@We are ladies and gentlemen serving ladies and gentlemen

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さて、リッツ・カールトンがどのように出来上がっていったのかについて話しましょう。

われわれにとって、何よりも大切なことは、哲学を持っているということです。その哲学を私がいかにしてもったかについてまずお伝えしたいと思います。

私がホテルビジネスに就きたいと思い始めたのは10歳のときです。両親は弁護士や医者になることを願っていましたが、私はどうしてもホテリエになりたかったのです。その情熱を分かってくれた母は、近くの街の、そのあたりで一番高級なホテルに私を連れて行ってくれ、総支配人に会わせてくれました。そして、母はこう言いました。「このホテルは、身なりの整った紳士淑女が来るところで、私たちのような庶民が来るところではないのだよ。だから、ちゃんとした服装で、礼儀正しくすることよ」と。総支配人は言いました。「うちのゲストは、上流階級の方ばかりだ。あなたは決して彼らを羨んだり妬んだりしてはいけないよ。ただ、サービスをすればいいんだ」

こうして、私はそのホテルで働き始めました。14歳のときでした。
私はレストランに配属となり、バスボーイとして働き始めました。そのレストランのメートルディーが素晴らしい方で、この方から多くのことを学びました。そのメートルディーは、お金のためだけに働くのではなく、「エクセレンス(最高のもの)」を常に追及しているようでした。当然、多くのスタッフから尊敬されていました。そして驚いたことに、彼がゲストを紳士淑女としておもてなしするのは当然ですが、ゲストのほうも彼に尊敬を持って接していたのです。それは彼が常に「エクセレンス」を追及しているからでした。当時、私は16歳でしたが、ホテル学校に通っていました。そこで、あるレポートを書く課題がありました。そこに私は尊敬するメートルディーのことを書き、こう書き記したのです。「We are ladies and gentlemen serving ladies and gentlemen(紳士淑女にサービスするわれわれも紳士淑女です)」私が彼から学んだことは、「エクセレンスを追及するような仕事は尊敬され、そういう仕事をする人は尊敬される」ということであり、それは私の哲学になっていったのです。



Aクレドはこうして誕生した

その後、私はスイス、フランス、イギリスのホテルでアシスタントマネジャーとして働き、1960年代の半ばにアメリカに渡りました。ヒルトンホテルなども経験し、1973年にはハイアットホテルに加わりました。そして宿泊マネジャーや料飲マネジャーを経験し、地域担当の副社長、1980年にハイアットの本社に移りました。1982年には、ホテルに投資をしたいという投資家が集まって会社を設立し、私はその会社にヘッドハントされたのです。そして、「君のやりたいように、思う存分やりたまえ」と言われたのです。

夢とは、私たちが追いかけるのもではなく、夢が私たちを導いてくれるものなのです。私たち新会社の創業メンバーを導いてくれた夢とは、なんだったのでしょうか。それは、グローバル企業に成長し、世界中に私たちの理想のホテルをつくることでした。ただ単にたくさんのホテルを持つのではなく、ブランドを築き、維持していくということでした。ブランドとは約束です。世界中にホテルを作っても、同じ約束を果たせるホテルを作りたいと願っていました。

そのとき、私が頭を悩ませていたことがあります。それは、感情、信念、振舞い方という、言葉になかなか言い表せないことをどう、世界に散らばったホテルに浸透させるかということです。

信念、信条、モットーというものをどのように言葉にしていけばいいか、熟考しました。私たちは何者であるか、どのような考えを持った人間なのかをしっかり理解していただくための、それを文言にしました。

お客さまは私たちになにを期待するのかを、勘に頼るのではなく、科学的にとらえるようにしたのです。そしてサービスプロセスとして20項目を列挙しました。そしてそれを一枚のカードにまとめ、社員全員に渡し、すべてのこれに沿って行動し、これにそぐわないことはやるべきではないと決めたのです。

この一枚のカードこそが、私たちの信念であり、哲学なのです。単に感情的なものではなく、お客さまが私たちに期待するものを科学的に分析したうえで、私たちは何者であるか、私たちはなにをやらなければならないかを定義したものなのです。そして、ここに書いてあることには、何一つ逆らってはいけないと決めたのです。さらに、これをやることができる能力を身につけなければならないとスタッフに言いました。

B成功のための4つのプロセス

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まず、最初のプロセスは「採用」です。採用で最も大事なのは、タレント(才能)があるかどうかということです。クレドに書かれていることをきちんと実行できる人かどうかが最も重要であり、その人の「経験」以上に重視しました。

次に行なうことは、方向付けのための「オリエンテーション」です。仲間として向かいいれたスタッフに、われわれは何者であるか、なにをしなければならないかを十二分に伝えることです。新しく開業するホテルでは、このオリエンテーションは、すべて私がやりました。

三つ目のプロセスは、各セクションの仕事の手順を一つ一つ伝えていくことです。「トレーニング」です。

四つ目は、お伝えした仕事の手順を忘れさせないで維持していくということです。25項目の信条を、毎日一つずつ検証し、25項目終わったらまた1から繰り返していったのです。これが「ラインナップ」というミーティングです。

お客さまの期待にきちんとお応えするために、4つのプロセス、つまり、採用、オリエンテーション、トレーニング、ラインナップを、開業するすべてのホテルで実行しました。

外部の専門企業により、4週間に一回のペースで、このプロセスがしっかりできているかどうかを確認するために測定してもらいました。もし問題があるようなら、その原因を突き止め、改善するようにしていったのです。また、顧客満足、社員満足も継続的に調査し、分析しました。さらに、品質管理担当マネジャーを各ホテルに配置しました。そして、同じような失敗が繰り返されるようなことがあった場合には、本部が乗り込んで改善にあたりました。

こうしたプロセスが、リッツ・カールトンの真骨頂であり、ほかのホテルカンパニーとの違いなのです。

Cリーダーの仕事とは


リーダーシップとマネジメントの違いというお話をしましょう。

リーダーシップとは、企業の成功を継続させるために不可欠な要素です。先ほど4つのプロセスを紹介しましたが、その二つ目の「オリエンテーション」において、私たちは、新しく向かいいれるスタッフに、「あなたは、私たちの会社の宝なのです」と伝えます。リーダーシップというのは、つまるところ「スタッフが自らやりたいと思って仕事をする環境作り」のことであり、マネジメントとは、「スタッフが、ある仕事・機能をたんに果たすことを管理すること」です。マネジメントのもとでは、スタッフは「仕事をしなければならない」という意識です。一方、リーダーシップの下では、スタッフは夢の一部であり、組織の一部であり、夢のために仕事をしたいと思うのです。新しい仲間に、私たちは何者であり、何をしなければならないのかを伝えるためには、私たち自身に信念がなければ、なにも伝わりません。ですので、オリエンテーションがとても重要になって来るのです。

『国富論』の著書であるアダムスミスが1716年にこんなことを記しています。300年も前のことです。それは、「人間は、指示命令されてもモチベーションは上がらない」という原則です。指示命令だけでは、「自分ごと」にならないです。アダムスミスの結論は、「人間が自分のこととして、しっかりモチベーションをもってことに向かうためには、夢に向かっているという状況、ヴィジョンの存在が必要である」ということです。

会社というのは、与えられた仕事をたんにこなす場所ではなく、その人の夢や信念を果たす場所なのです。リーダーシップの役割は、夢や仕事の目的を明確にし、その達成のための動機づけをしっかり行ない、ひとかけらの疑いもないという状況にさせることです。そうすることによって、そのスタッフは真に仲間になり得るのです。マネジャーというのは、仕事を機能としてとらえて人を採用しますが、一方のリーダーというのは、「人を自分たちの仲間にする」ために、人を採用します。私は、たんに仕事をさせるために人を雇うのは反道徳的なことであると、個人的には思っています。人を道具のように扱うことは反道徳的なことですよね。仕事をさせるために人を雇うことは、人を道具として扱っていることと同じです。
リッツ・カールトンは、世界中に点在していますが、すべてを一つにまとめるものが、いま私がおはなししたことなのです。

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Dエクセレンス(卓越性)の結果が収益なのです

ザ・リッツ・カールトン大阪の開業にはとても長い年月を要しました。阪神電鉄の方と初めて会ってからホテル開業に至るまで、なんと7年がかかったのです。その7年の間には、数限りない回数の会議を重ねました。その過程で私は、日本人の丁寧な仕事の進め方や礼儀正しさ、清潔さなどを理解し、日本人を尊敬するようになり、多くのことを学びました。
成功とは未来にあるのではなく、いま目の前にある仕事をしっかりやるということです。エクセレンス(卓越性)を生み出すことが、われわれの仕事であり、コストカットはだれでもできることです。

大きなホテルオペレーティングカンパニーは、3か月に一度出される市況によってビジネスの方向性を左右され、エクセレンスを追及するという目的をつい忘れてしまいがちです。そうなると、コスト重視になり、お客さまのニーズに応えるとか、仲間を大切にするといった環境ではなくなってしまいます。そして、このことがいま世界中で起こっていることなのです。ほとんどの国では、コストを下げることが利益をもたらすと考えています。けれど、日本人は、商品やサービスが優れていれば、結果として売り上げが上がる、利益がもたらされるということを理解しています。それを理解している数少ない社会の一つです。

私のホテルビジネスに対する情熱をお伝えする機会をいただき、本当にありがとうございました。皆さんは私の同志であり友達です。皆さんは、明日からまたホテルの現場へと戻るわけですが、ぜひともたくさんのエクセレンスを創造されることを願っています。そして、若い後輩に、幸せを作りだす商売であるホテルビジネスの素晴らしさを伝えてください。お客さまに仕えるということは、正しいことをやっていれば、それほどつらいことではありません。お客さまが大切な存在であるのと同様に、私たちも大切な存在なのです。


終わり

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