【15.01.20】新連載「ホテル総支配人の6つの力」 by 福永健司氏

      第一回「情熱力」


 一口に、「ホテル総支配人」と言っても、その役割はホテルの形態によってさまざまです。
 フルサービス型であるかリミテッドサービス型なのか、あるいはその経営上の帰属先が親会社への連結対象なのかホールディング会社の一法人(事業体)としての単体としての存在なのか、そして契約形態は直営、業務委託あるいはリース契約なのかなどによって、考え方や優先事項、求められる内容が大なり小なり変わってきます。

 このコラムではそうした内的・外的な要因をある程度省き、ホテルの総支配人に必要だと私が考える要素を「6つの力」として紹介したいと思います。私も講師を勤める宿屋大学の月一回の連載ブログとして全6回、半年間で語りたいと思います。

 私が今回考えた「6つの力」は、これです。
 情熱力、ビジネス力、適応力、体力、大局力、人間力。
 本ブログでの紹介順は優先する順位とは関係ありません。また多くの諸先輩方、経験豊富な総支配人の皆様がいらっしゃるなかで甚だ僭越に感じますが、それでもホテルを愛し、ホテリエという職業に誇りを持ち将来、総支配人を目指す同志の方々に少しでも参考になれば望外の喜びです。

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 第一回は、「情熱力」です。 
 ホテル、その素晴らしくも特殊な世界を、リーダー(=総支配人)として牽引するには、まずポジティブであり、つねに情熱を持ち続けることが必要です。
 ホテルを“特殊な世界”と称したのは、ホテルビジネスには宿命があるからです。ホテルは一度開業すると24時間365日、事業として休める暇なく、延々に営業し続けなければならないという宿命です。この世には多くの業種が存在しますが、こうしたユニークさは、ホテル(旅館含む)独特のものでしょう。
 昨今のテクノロジーの進化によって、どこにいてもオンタイムで繋がる環境があれば、総支配人はオペレーションの現場に出向いていなくてもバーチャルな状況で遠隔操作できますから、24時間、365日ホテルの舞台で運営スタッフと共に「格闘」しているのと同じなのです。
 総支配人に求められるのは、「ゲストへのサービス・ホスピタリティ提供への責任」、「スタッフのモチベーション向上への責任」、そして当然ではありますが「ホテルパフォーマンス(売上・利益)への責任」がついてまわります。さまざまなプレッシャーと、不測の事態のオンパレードのなか、それを力に変える情熱力が試されるのです。
 表面的には煌びやかに見える世界こそ、それを支える裏側には多くの試練と矛盾を内包しているのです。「業績が振るわない」、「お客さまからお叱りを受ける」などなど、晴れの日ではなく雨の日が続くかもしれない状況下でも、あなたは、つねにポジティブでいて、チームに、部下に情熱を語れますか。100人の総支配人がいれば100人の違う意見があるとは思いますが、リーダーである以上、総支配人は孤独です。
 しかし反面、自分の五感を駆使し、チームを奮い立たせ、結果を残す。苦労は多いけれど、その達成感は何物にも代えがたい充実感があります。
 情熱力とは継続・持続性をもって貫けるかであり、それを醸成するのは自分のやりたいことをやることが原点です。
 火事場の馬鹿力で瞬間的な力を発揮することができる人は大勢いると思いますが、持続して物事を履行・実行できる人は限られています。それが情熱力です。


 総支配人は、雨の日も風の日も、成功したからといって必要以上に浮かれず、うまくいかない時も落ち込まず、淡々と継続的に情熱という名の火を点け続けるのです。想いを伝播させるセルフモチベーターである必要があるのです。
 失敗したいと思う人はいないと思いますが、成功したい、勝ちたいと思うなら、願っているだけではしょうがありません。「努力は必ず報われる」ということは、残念ながら現実社会では極めて稀です。しかしながら、自分の目標を達成した人は、人知れず必ず何らかの努力をし続けているのは間違いのない事実です。やらないで失敗したら後悔だけが残りますが、やるだけやって駄目なら、ある意味、納得できるのです。

 情熱を熱狂に変え、あなたも自分のやりたいことに挑戦してみませんか。


福永健司氏のプロフィール
















【14.12.31】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.91)

私のホテリエ養成事業20年史

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    第三回「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」受講生と関係者


 大晦日です。
 いまだ年賀状が終わらず、今年最後のブログ執筆と同時進行で行なっております。

 さて、思い起こせば、5年前のこの日(2009年12月31日)、私は約18年間続けたサラリーマン生活の最終日を迎えていました。そして、5年経った今やっと「やりたいことがやれている実感」を得ることができたように思います。少し、自己満足的な内容ですが、自身の備忘録という意味でも書き記しておきたいと思います。


ホテルではなく、ホテル業界人が好き

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           第三回「PHM養成講座」最終プレゼン会

 私は1991年の夏にアルバイトスタッフとしてオータパブリケイションズにお世話になり、翌年4月に正社員として入社しました。本を書店にセールスしたり、定期購読の管理をしたりする販売部という仕事を3年やり、ホテレス誌の編集や書籍編集をしながら、1996年に縁あって『ホテル業界就職ガイド』という新企画を提案し、出版しました。1997年版です。
 これが、予想以上に売れたのです。会社の上層部からは「学生相手のビジネスなんて儲からない」といった批判がありましたが、その批判をよそに本は一万部近く売れ、就職セミナーや合同会社説明会をやれば大いに盛り上がり、「ホテル志望学生の就職支援」事業が一つの会社の柱になりました。気を良くした私は、毎年秋になると就職ガイドの編集に没頭し、就職活動シーズンである冬から春にかけては学生の就職指導に夢中になりました。教えることや後輩の指導といったことはそれほど好きなことではなかったのですが、ホテル志望の学生さんたちがみなものすごくいい子ばかりで、一生懸命なので、彼らといるのが楽しかったから、頑張って内定を得た喜びを共に味わいたかったからだけでやっていたのだと思います。そうやって、「一緒にこの業界を盛り上げていこうよ!」と、何百人もの学生の背中を押してホテル業界の仲間になってもらいました。
 私はホテルが好きなのではなくて、ホテル業界人が好きなのです。


「ホテル業界をよくしていきたい」という共通の想い


 ところが、そうした優秀でモチベーションも高い人たちが3年くらいするとまたオータパブリケイションズにやってきます。希望に燃えた就活中の目の輝きはありません。そしてこう言うのでした。

「ホテルの仕事はもういいです。○○という会社に転職します」

 こんなことが続きました。どうも、劣悪な職場環境、厳しすぎる上下関係などが原因で、ホテルの仕事に幻滅し、挫折して去っていくようなのです。もちろん、ホテルの現場だけが悪いとは思いません。耐性の低い彼らにも問題があります。でも、いじめやパワハラが横行し、サービス残業が残る職場は間違いなくおかしい。
 そんな、ホテル業界の理不尽や未熟なビジネス手法に疑問を感じる人が若手のなかに出てきました。当時はインターネット創世記で、メーリングリストなどが普及し出したころです。私もオータパブリケイションズのなかで「ホテリエ倶楽部」というメーリングリストを立ち上げ、現場のホテル業界人たちとつながり、情報交換するようになりました。
 宿屋塾の構想が浮かんだのはこの中からだったと思います。そして、2001年4月、「ホテル業界をもっとよくしていきたい」という共通の想いで集まった30人ほどの業界人を相手に、第一回の宿屋塾を開催しました。2003年12月に、ホテレスの新年特別号の取材でコーネル大学ホテル経営学部の取材をさせていただき、私はホテルマネジメントの実務が学べる場の必要性を実感し、それまで月一回のセミナー開催に留まっていた宿屋塾を拡大し、名称も宿屋大学として、セミナー回数を増やし、体系的な内容を構築していくようになりました。私自身もミッションを「ホテル業界人の応援」に絞り、ホテリエ事業部という新しい部署をつくらせていただきました。私が就活の応援をしてホテル業界人になった彼らの人生を応援し、彼らとともに日本の宿泊産業を盛り上げることを天職と決めたのです。
 5年前に独立し、ビジネススクールを起業した想いはこの実現のためです。

「知っている」と「できる」の間の大きなギャップ

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        最も評価の高い受講者に贈られるMVP賞を授与された
            ホテル日航ハウステンボスの久野隆紹氏

 そして、最もやりたいことがありました。それは「日本人のプロフェッショナルホテルマネジャーの養成」です。顧客満足と社員満足と利益をバランスよく高められ、オーナーからも信頼され、さらには鞄一つで世界を渡り歩ける筋金入りのホテリエの育成です。そのための半年間のシリーズ講座が「プロフェッショナルホテルマネジャー(PHM)養成講座」です。
 先週末、第三回「PHM養成講座」が修了しました。全15回のプログラムを終えました。最終回では、受講者全員が「講義で得たことをどう実践し、どうイノベーションを起こしたか」を大勢のオーディエンスの前で発表します。みなさん、実践されたことを具体的に、そして数字で示してくれました。隔週で行なう5時間講座のほか、課題提出や振り返りを仕事の合間にしなければならないという非常にストイックな半年間を送られ、大いに成長を見せてくれました。

「知っている」と「できる」の間には、大きなギャップがあります。そのギャップを飛び越えさせるには、ビジネススクールとして、「レクチャーで伝えて終わり」というスタンスではなく、「知識を自分の知恵に換えていただき、実際にやってみて、成果につなげる」までを伴走するスタンスで臨むべきであり、第三回「PHM講座」は、そのスタンスで取り組み、見事、みなさん成果につなげていただいたことを実感したのです。ホテル業界の向上に、僅かでも貢献できたことを感じられた瞬間でした。


『ホテル業界就職ガイド』創刊20号発行

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 奇しくも私の仕事の原点である『ホテル業界就職ガイド』の20号目が、今月出来上がりました。いまだに私が取材・執筆している私の天職の書籍です。PHM講座修了生のなかには、十数年前の本ガイドの中の就職活動体験記の取材で登場したホテリエもいました。
 来年、私は年男です。還暦までの12年間で、どれだけ宿屋大学を立派に育て、どれだけ多くのプロフェッショナルホテルマネジャー養成ができるか……。方向性は定まりました。やるべきことも定まりました。あとは、アクセル全開で突っ走るだけです。
 
 来年も、宿屋大学をよろしくお願い申し上げます。


【14.12.09】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.90)

「能ある鷹は爪を隠す」は、通用するか!?


 私はいくつかの大学で授業を担当させていただいていますが、大学で講義をしていていつも感じることがあります。
 講義をしていても反応が読めないのです。学生は理解しているのか面白く感じているのか、またはその反対なのかまったく分からず、レクチャーをしながら不安になるのです。
ところが、グループディスカッションやプレゼン、試験をやってもらうとその不安は一気になくなります。彼らはしっかり理解しているし、講義を受けて「自分はこう考えた」という意見も持っているのです。これを知って講師である私は、初めて講義のやりがいを感じるのです。
 ただし、この「能ある鷹は爪を隠す」的なスタンスは、果たしてグローバル社会で通用するのかということには毎度疑問を抱きます。グローバル社会においては自己アピールをしていかないと、どんなに能力が高くても認められないからです。

 また別の話です。
 先日、ある日系の一流ホテルを利用して疑問を抱いたことがありました。ADR2万円ほどのシティホテルです。車でホテルに到着し、エントランスで車を停めて、私はそこにいた数人のドアスタッフのひとりに「荷物が多いので台車を貸してください。自分で運びます」と伝えました。すると、こんなことを言われました。
「申し訳ございませんが、台車をお客さまにお貸しすることはできないので、私どもで運びます」
 そして、荷台から荷物を下ろし、車を地下の駐車場に停めてから客室に上がって待っていると、数分後にベルスタッフが届けてくれました。
 ドアの方もベルの方もとてもきちんとしていましたので、お客としてはいいサービスを受けたと思います。
 ただし、ホテル業界人である私としては複雑な感情を覚えました。なぜなら、このホテルの内情は、実はサービス残業が常態化しているのです。つまり、お客さま満足をとるためにスタッフのプライベートを犠牲にしているのです。

 この二つの事例を考えた際、共通の思いを抱きます。
 それは、「グローバルスタンダードから考えると不合理なことなのですが、同時に日本の美徳なのかもしれない」ということです。
「能ある鷹は爪を隠す」的な日本人の控え目な姿勢、一流ホテルの格式にのっとったきちんとした接客サービスにこだわる姿勢。これらは、もしかしたら日本人の強みであり国際競争という土俵で勝てる要因になるかもしれない。
 現に、日本で20年間暮らし、ビジネスをしている私の友人のアメリカ人は、日本人の控え目な姿勢を絶賛しています。多くの外国人が、日本のホテルのスタッフの一生懸命な接客を「世界一素晴らしい」と褒め称えます。
 また、日本人が慣れないながらに「私はこれができます。人より優れています」といった自己アピールをしたら逆に墓穴を掘ることになりはしないかという不安もあります。
 サービスにおいても、(サービス残業はもちろん撲滅してほしいですが)日本人の良さは型を重んじるきちんとした接客であり、労働効率や生産性ばかりに目が行くと、その部分でかなり先行している欧米流サービスオペレーションに対抗できないかもしれません。

 我々は何を考えなければならないかというと、グローバルスタンダードに合わせることではなく、日本の良さや美徳をどう“強み”にしていくかということだと思うのです。科学的、理論的な研究の成果としての経済合理性の追求、生産性向上といった改善をグローバルレベルで進めつつ、我々の個性、日本人の美徳を強み、競争優位性にしていくことだと思うのです。
 こんなことは、竹鶴政孝が日本で初めてウィスキーを作った時代や、堀越二郎が西洋の航空技術を学びつつ零戦を設計した時代から議論されてきたことだと思いますが、グローバリゼイションにばかり偏っても見誤ると思います。
 モノづくりの製造業ばかりではなく、サービス業、宿泊業においてもこの点にフォーカスする意味はあるのではないでしょうか。


【14.11.11】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.89)

日本には「旅館」がある


 二年くらい前でしょうか、「グローバルホテルマネジメントの手法がどこの企業でもさほど変わらず(差別化要因がなく)、コモディティ化してしまっている」という話をいろんなところから聞くようになったあたりからだと思いますが、私は「旅館」という存在に注目をし始めました。その理由は二つあります。
 ひとつは、「日本のホテル企業は、なぜ海外でホテルを増やせないのだろうか」ということ疑問を抱いたことです。トヨタ自動車やソニーをはじめとした製造業の企業は海外で大きなビジネスを展開しているし、世界中で名前が通ったブランドになっているのに、「おもてなし」がお家芸とされている日本のホテル企業が世界で活躍できないのはなぜだろうかということです。そして、「どうしたら日本発のホテル企業がグローバル展開することができるだろうか」、別の言い方をすれば「日本のホテル企業の競争優位性とはなんだろうか」ということを考えるようになりました。
 もう一つは、旅館の軒数が激減している事実、宿屋大学を受講される方に旅館経営者や旅館の女将さんが増えて、そういった方々の苦しい経営状況を知って注視するようになったことです。

 下記の図をご覧ください。





 ジョーンズラングラサールホテルズの統計資料ですが、これによると、旅館の軒数は過去10年間で1万6000軒減少しています。ざっくり言うと日本には旅館が5万軒あり、ホテルが1万軒あります。けれども、客室数でいうとどちらも80万室です(2010年、この年にホテルと旅館の客室数が逆転しています)。平均を考えてみると、ホテルは平均80室で、旅館は16室になります。そして、日本の旅館の多くは独立系の家族経営(事業ではなく家業として経営している)であり、そのほとんどが20室ほどの小規模であるということです。
 旅館というものが数を減らし続け、脆弱な経営を強いられている理由のひとつはこの「小規模」であるということが挙げられます。そのほかには、借入による利息支払いの負担、継承者がいないこと、建物の老朽化などなどがありますが、最も大きな理由は近代経営の手法がないということだと思います。
 そこを巧みに研究し、独自の経営手法を編み出して成功しているのが「星野リゾート」です。分業制からマルチタスクへの変更、料理の工夫、魅力づくり、マーケティング戦略、顧客満足の科学的分析などなど、実にほれぼれする経営革新をされて軒数を増やし、規模の経済を効かせ、ブランド展開に成功しています。星野リゾート以外にも、湯快リゾートや大江戸温泉物語など、勢力を伸ばしている旅館チェーンが増えていますが、まるで30年前の小売業界を見ているようです。街からタバコ屋や八百屋が姿を消してスーパーやコンビニばかりが目立つようになった変化と、いまの旅館業界はそっくりです。
 つまり、私は日本発の宿泊ビジネスが世界で勝っていくにはどうしたらいいかということと、衰退し続ける旅館を支援するにはどうしたらいいかという二つのために「旅館ビジネス」を研究したいと考えるに至りました。

11月7日に開催した宿屋塾「星野リゾート式経営を考える 〜星野リゾート出身の旅館再生コンサルタント」は、超満員となった


 そんなとき、現れたのが旅館総合研究所の重松正弥所長です。
 重松氏は、拙著『巡るサービス』を読まれ、ホテルグリーンコア流の経営手法に興味を示され、宿屋大学とグリーンコア共催の講座である「ホテルイノベーション研究会」を受講されました。その後も、宿屋大学の講義を数多く受講されていますが、最近では氏の豊富な経営の経験やビジネススクール受講経験から、逆に宿屋大学に様々なアドバイスをくださっています。いまや、大切なアドバイザー兼パートナーになっています。
重松氏は、前職の星野リゾートで旅館再生を豊富にされてきていますが、効率化・生産性向上至上主義ではありません。日本の旅館が古くから持つウェットさや、ホスピタリティ・ロジック的運営を尊びます。近代的な旅館経営手法と、人と人とのつながりを大事にする旅館の本質的な哲学を併せ持った旅館経営を目指されています。
 そんな旅館総合研究所と宿屋大学がタイアップして、来春から始めるのが「旅館経営実践講座」です。旅館経営者や継承者のみなさまと一緒に旅館経営を体系的に学ぶ一年間講座です。これまで通り、プロフェッショナルホテルマネジャーの育成支援という柱と共に、来年からは旅館経営者育成という柱も育てていきたいと思っています。
 旅館経営にご関心のある方、ぜひご一緒しませんか?

●「旅館経営実践講座」
  http://yadoyadaigaku.com/program/PR1401.html
  


【14.10.20】第10回 ひとりのソムリエが東南アジアで  統括CEOになるまで(後編)




 サンマルク 東南アジア統括CEO三宅隆文氏のインタビューの後編。神戸のフレンチレストランのソムリエからスタートし、ホテルマンを経て、成長著しい東南アジアで経営者になるまでのストーリー。

----- 投資会社にいらっしゃるときにサブプライムローンが起きた。その後どうされたんですか。

 不動産ビジネスのすべてがストップしました。それから、日本のホテルに誘われたり、ロスのホテルに行こうとしたり、いろいろ考えましたが、人間関係のこともあり、行く場所が無くなってしまって。それで逃げるようにニュージーランドの大学に行ったんです。


----- なぜニュージーランドだったんですか?

 どこでもよかったんです。もちろんアメリカ、ヨーロッパの大学も考えましたが、ホテル業界にいたので、各校のレベルや卒業生の評判が耳に入っていました。あとお金が無くて。妻から「あなた、無職で勉強するなんて、何を考えているの?」とあきられました。もっともですよね、子供もいたし(笑)……。それで僕はホスピタリティマネジメントが勉強できればどこでもよかったので、費用の安いニュージーランドを選んだんです。

----- でも、その時点でホテルも金融も経験されていましたから、留学する必要はなかったんじゃないですか?

 いえ、すべてOJTで体得してきたことなので、体系立てて勉強したかったんです。英語力 も低く、海外と仕事するときに苦労していたし。でも、今までの経験のおかげで授業はみんな分かりました。ですので、これまでやってきてよかったと思いましたよ。失うものは何もなかったので、本当に勉強に集中できたんです。
 卒業後、家族のいるシンガポールに来ました。当時妻は、バリバリ働いていて、会社からコンドミニアムも支給されていました。エレベーターのドアが開いたらリビングみたいなと部屋だったので、「すごい!シンガポールはいいところだ!」と思って(笑)半年間専業主夫していました。ところがリーマンショックが起きて、奥さんの会社が倒産しちゃったんです。家も3日で出てと言われて。無職の両親と子供2人で、小さいボロアパートに引っ越しました。きつかったです。毎日けんかしてましたね。
 それから私は、縁あってポッカフード(現:サッポロライオンシンガポール)に入社します。最初は「君、すごい経歴だね」って言われましたけど、半年無職だったし、ちょっとしたエリート意識はもう消えうせていて、「なんでもやります!」という気持ちでした。すでにポッカはシンガポールで飲食店を多店舗展開していて、そのノウハウを伝授してもらいながら、シンガポール人とどう働くかを学びました。その後、ポッカを離れて、イタリアンレストランをGMとして開業させ、2年で5店舗オープンさせました。その後いいタイミングでサンマルクと出会ったのです。


「経営者になるということ」


サンマルクに入社して初めて、「自分がやってきたことは、経営ごっこだったんだな」って思いました。

---- ここまでやってきてですか?もうなんでもできそうですが。

 僕もそう思ってました(笑)。ところがサンマルクの経営者に出会って、自分が何にも知らなかったことに気づいたんです。サンマルクの創業者は、当時の僕より若い31歳で創業して、37歳で上場しました。当時、最年少、創業から最短で上場した人です。そこでアントレプレナーシップも彼らから学びました。当時僕は、「もう誰かのためには働かない。自分と家族のためにしか働かない」という考え方をしていました。
 ところが、彼らはそんなトゲトゲしかった僕を理解してくれて、なぜかゆっくりほぐしてくれました。人間的に。
 岡山にある本社に行ったとき、「すごいところに来てしまった」と思ったんです。僕は高校時代バスケをやっていて、体育館に入った瞬間に負けるか勝つか分かるんですが、そのオフィスに入った瞬間、「あ、ここには勝てないと」直感しました(笑)。一言で言うと、「勝つべくして勝ってきている常勝軍団」です。ラッキーによる勝ちはゼロ。そんな凛とした空気が漂っていました。
 サンマルクホールディングスの事業会社のトップになるには、社長直轄の経営塾を卒業しないといけないんです。その経営塾がこれまでの苦労の数段上をいく大きさでした。スカイプで参加できると思っていたら、「なめるな!」と怒られて。シンガポールから岡山まで毎週飛行機で通っていました。最初8人だった塾生が、終いには2人しか残りませんでした。大企業の元支社長やMBAホルダーを含め、6人はファイア(クビ)です。自分でも本当によくやったと思います。自分を追い込んだ半年でした。


----- すごい…そこではどんなことを学ぶのですか。

 マーケティング、経営戦略、財務を徹底的に鍛えられました。うちはCFOを置かず、経営はすべて社長が判断しますので、そういう訓練もします。経済指標の読み方、日経新聞の読み方からやりました。アメリカの雇用指標は何曜日の何時に発表されるのか、アメリカの穀物市況は東京マーケットのどこに反映されるのか。何に影響を与えるのか。有効求人倍率が1パーセント超えたらどういう施策を打つのか、細かくスタンダード化されています。
 サンマルクホールディングスは事業会社の半分が単独で上場案件を満たし、グループで売上500億、経常利益71億を超えます。上場している飲食企業の中で経常利益率はトップクラスです。社長の片山はメディアには出ない方針ですが、ビジネススクールの題材として取り上げられているくらいです。

----- 財務に関してはどんな考え方をしているのですか。

 まず売上は「人気のバロメーター」と捉えます。だから売り上げに関しては、店舗にその最大化を依頼します。ただ、利益は売上とは違って、「知恵のバロメーター」です。利益は現場に要求するものではなく、経営陣の知恵で叩き出す物です。利益を従員の努力によってなんとかしようとするのは、すなわち、経営者に知恵が無いということです。社長がやらないといけないことから目をそらさない。それを従業員の努力に頼るから、ブラック企業になるんです。多分、世の中、このことの意味を理解している経営者が少ないんだと思います。とにかく財務が分からないのは、無免許運転です。タイホです。


----- マーケティングは?

 マーケティングとは、「だまっていても売れる仕組み」と定義しています。飲食店は特に大事です。営業部隊がいないので。チョコクロだって、オレンジ色のスリーブに入っていなかったら、売れてないです。マーケティングによって徹底的に差別化された業態確立は我が社の強みでもあります。

---- 戦略とは?

 アクションで会社はつぶれません。経営判断ミスによってつぶれます。優秀なスタッフを持っていても、戦略一つで会社は傾きます。その逆もしかりで窮地に陥った会社を救うのも戦略一つです。経営戦略の基本姿勢は差別化です。よって弊社では戦略立案は、社長の専権事項です。

----- 「お客さま」に対しては、どんな考えをお持ちですか。

 従業員満足は顧客満足度に勝ると考える経営者もいますが、僕はそうは思いません。お客さんがいなければやはりビジネスは成り立ちません。CSを目指していたら、それに付随してESも上がります。そういう仕組みを持った組織でないと成り立たない世界です。ESを最大化させるのは複雑なことではありません。お客さんの笑顔が見たい、そういう人を集めればいいだけです。そんな人材がいるのに、彼らの満足度が低いのは、経営者が悪いと言わざるをえない。


----- そういう人材、シンガポールで集まりますか。

 この国の環境や歴史を鑑みるに、サービスが苦手なのは仕方ないです。フィリピンでは月300ドルで笑顔溢れるスタッフが集まりますが、シンガポールでは10倍の給与ですが、やりがいも楽しさも感じることは難しいようです。そんななかでも、情熱を持った人を諦めずに探して教育し、「あなたは尊い仕事をしてるんだよ」と伝え続けています。

インターナショナルのフォーマットにのせる


----- 日本のサービス業が海外進出して、成功するためのポイントはどこにあるのでしょうか。

 まず言葉です。語学以外のなにものでもないです。日本語から英語に直訳できない言葉は多いですよね。「あうんの呼吸」も「察して動く」も通じない。文化が違うので当然です。そこで感性の擦り合わせが必要です。そこを曖昧にしたまま、インターナショナルのフォーマットにのるわけがないんです。グローバルマーケットに出ていくには本当に覚悟が必要です。






夢から志へ


----- もし20歳の自分が目の前に現れたら、36歳の今の三宅さんを見て、何と言うと思いますか。

「あなたみたいになりたい」と言うでしょうね(笑)。最初は、かっこよくなりたい、金持ちになりたい、という夢や憧れからスタートしました。しかしサンマルクに出会って、「世の多くの人、従業員を幸せにしたい」そんな経営者としてのマインドが作られました。夢から志へ、自己変革していったのです。今は「お客さまに最高のひとときを創造する」という会社の理念が自分の理念です。そして、経営者として孤独な戦いとともに、自己意識の改革は、今も続いています。


【14.10.14】第九回「日本のおもてなしは競争優位になるか 〜シンガポール×ホスピタリティビジネス〜」 by 臼杵さおり(シンガポール在住)

第9回 ひとりのソムリエが東南アジア統括CEOになるまで(前編)


「接客が好き」誰もがそんな思いで、ホスピタリティ業界で働き始めます。しかし忙しい毎日の中で、その気持ちを忘れてしまったり、現実的な壁にぶつかり業界を去って行く人も沢山います。どうすれば、「この好きな世界でずっと生きていけるか」今回から2回に渡って、ソムリエから東南アジア統括社長になった三宅隆文氏のインタビューをお届けします。目の前の仕事に集中しながら、少し先を見据えて行動してきた三宅氏から、この世界で成長し続けるコツを聞いてみたいと思います。
               
 ●取材・文・撮影/臼杵さおり





Product ワインの世界へ


−−−関西ご出身ですよね。いつ頃東京に上京されたのですか?

 2002年にフォーシズーズンズ丸の内が開業するときです。それまでは18歳から4年間神戸のフランス料理店で働いていました。もう朝から晩まで丁稚奉公みたいな日々で、きつくて、きつくて。毎日退職届を胸ポケットに入れて通勤していました。いま思えば、飲食で働く基礎体力を鍛えられた4年間だったと思います。ここでワインに魅せられ、海外で勉強したくなりました。というか、とにかく神戸から出てみたかった。そうしたら、ある方が「フランスのメゾンを紹介してやるからワインの勉強をしてこい」って言ってくれて。それで気づいたら、シャルルドゴール空港のタラップを降りていました。
最初に行ったランスでは、ジプシーに混じってぶどうのピッキングからやらせてもらいました。次の半年、ブルゴーニュに南下して、レストランのスタジエ(研修生)をしていました。その後優秀なソムリエの方との出会いがあり、彼はその後2002年10月に開業したフォーシーズンズ丸の内東京にシェフソムリエして就職し、私も一緒に入社しました。24歳のときでした。
 当時ホテルで出会った人たちはすごかった。最低2カ国語できて、コーネルのMMH(ホテル経営学部大学院卒業)ホルダーやローザンヌ・ホテルスクール出身者もいて、衝撃を受けました。
 レストラン部門は特にオールスターでした。トップクラスの料飲ディレクターたちが采配を振るっていました。みな職人で、腕一本で生きている気概に溢れていて。このすごい人たちと同じ空間で働けることの価値を噛みしめながら過ごしました。

 そんなすごい場所でしたが、なんとか自分も戦えた実感がありました。神戸とフランスで過ごした5年間は意味があったと思えましたね。そして開業一年が過ぎたころ、米国から来ていたディレクターに「お前、将来どうなりたいのか?」と聞かれました。


People 人をマネジメントする


その質問に、私はこう即答したんです。

「あなたみたいになりたい」

 オシャレなスーツを来て、外国人エグゼクティブ達が住む青山のようなところに住んで、かっこよくなりたいと答えました(笑)。そしたら「簡単だよ。教えてあげる。つまり、お前は世界をまたにかけてやりたいんだろう?」と。
 当時、そのディレクターは36歳。僕は25歳。あと10年で彼のようなポジションにつきたいと思いました。
 彼は、まず「ワインの本を捨てろ」と言いました。そして、どっさり英語の本を私に渡しました。ぜんぶ英文法の本です。
「これから一切ワインの話をするな。とにかく英語で議論できる力がないとお前はずっとローカルスタッフのままだ」
 僕はこういうことときは、素直に従います。疑わず、ただひたすら彼の言う通り、英文法の勉強に没頭しました。

スペシャリストかジェネラリストか


 時を同じくして、朝から晩までワインに関係する世界にちょっと違和感を覚えていたのです。「ほかにも自分の居場所や、やるべきことがあるのではないか」と、ぼんやりと思った。ソムリエとしてやってきたけど、ジェネリラリストとはどんなものだろうか・・・。そんなことを考えだしたんですね。

 そんな思考の変化を経て、ProductからPeopleへ、つまり、人をマネジメントする方向へ興味が移っていったんです。人に深く入り込んでいって、組織論を学ぶ数年間が始まったと思いました。
 フォーシーズンズには3P、つまり商品(Products)、人(People)、お金(Profit)という考え方がありました。事業の3要素をどうマネジメントしていくか考えていました。

Product から入ってPeopleで終わるホテルマン


 通常、ホテルマンは「Product」から入って「People」で終わるんです。豊富な商品知識があって、10数人のチームをマネジメントして。そこで終わってしまうんです。だからホテルマンはビジネスの話ができない。日本人の弱いところでもあります。今、アジア各国飛び回っていますが、日本人が幼稚に見えるのは、ここが原因です。フォーシーズンズでそれを自覚していたので、すぐに次のProfitを目指そうと思いました。
 ホテルのお客さまのなかには、毎晩5万円の部屋に泊まって3万円のシャンパン開けている人がたくさんいますよね。そんなお客さまの一人で、資産運用会社を経営していた方と出会い、私はそこで働くことになったのです。


Profit お金の世界へ



−−−−資産運用会社ではどんな仕事をしていたのですか。

 ホテルの部屋を証券化して販売するという仕事に社長の秘書として携わりました。朝起きて経済3紙を読み込んでから朝7時に出社、深夜2時に退社という生活です。
 ロサンゼルスの物件を扱っていたので、時にはプライベートジェットでロスに飛んで、高級ホテルに泊っていましたが、ベッドで寝たことなんてなかったです。向こうに着いたら宿泊先のGMを質問攻めに。客室数、稼働、RevPAR、宴会場の状況などホテルの数字について話し、部屋ではアメリカの主要なホテルのあらゆる統計を頭に入れて会議の準備をして、気づいたら机で寝ていました。
 一年前まで一介のホテルマンだった僕が、ディベロッパーとミーティング。当時は雲の上の存在だったGMさえ、そのミーティングには参加できないんですよね。それが目の前で起きてて……。

———そのハードな日々のモチベーションはどこにあったのですか?

 実は、この仕事を始めた早いタイミングで、「自分には金融の世界は合ってないかも知れない」と感じていたんです。ただ、これは「どこかにつながるだろう」という根拠のない自信はあった。それだけで走っていました。そうこうしているうちに、サブプライムローンが起きるんです。あらゆる不動産事業がストップしました。バブルな生活はある日、突然終わりを告げました。(後編10月21日更新につづく)


【14.09.23】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.88)

「関係の質」の向上から始めよう

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 先週の土曜日(9月20日)、ホテルグリーンコアと宿屋大学が共催で行なっている「ホテルイノベーション研究会」の二期目がスタートしました。これは、グリーンコア流のマネジメントをお伝えすることを目的に、月一回、土曜日の午後に12回開催する一年間の講座です。
 この講座に、ある地方都市でビジネスホテルの経営を父親から託された女性(30代)が参加されました。彼女は、自身の課題を語る場面で次のような話をされました。

「数カ月前に、大手チェーンホテルで働いていた女性(Sさん)が入社してきました。仕事に熱心だし、経験もある。とても仕事のできる人でした。ところがつい最近、辞めていってしまったんです。私としてはもっといて欲しかったので引き留めましたが駄目で、去っていきました。『ここの人たちは何度同じことを言っても分かってくれない。同じ失敗を繰り返す人たちばかり。正直、疲れました』というセリフを残して・・・。私もホテル運営は素人なので彼女からいろいろ教わりたかったので、とても残念です」

 こうしたことは、みなさんの職場でもありがちなことではないでしょうか。やる気満々な人が空回りして、ちっとも職場がよくならず、アウトプットの質も量も結果的に向上しない例、逆に職場環境が劣化してしまう例です。頑張ろうとする自信家ほど、Sさんのような状態や結果になりがちです。

 グリーンコアの会長と社長は、この女性経営者に、こんなアドバイスをされました。

「Sさんは、きっと『関係の質』の大切さを理解していなかったんですね」

 そして、下の写真にあるようなスライドを見せてくれました。


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  「人と人の関係の質は、私たちが思っている以上に企業の業績に大きく影響する」

 これは、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した論理だそうです。キム教授は、「組織の成功循環モデル」として発表しています。


 簡単に説明します。
 まず、成功する循環モデルは必ず「関係の質」から始まり、時計回りで循環します。
 組織の人間関係の質が高いと、相互理解を深め、お互いを尊重し、一緒に考えるようになります。
 すると、スタッフは自分で気づき、仕事が面白いと感じるようになります。「思考の質」が向上します。
「思考の質」が向上すると、自分で考えて自発的に行動するようになります。つまり、「行動の質」が向上します。
 結果、「結果の質」が向上して成果が得られるのです。
 そして、また信頼関係が高まって「関係の質」がさらに向上するという循環が繰り返されるというわけです。

 逆に失敗する循環モデルはどうでしょうか。
 失敗の循環モデルは「結果の質」から始めてしまうことに起因します。
 当然ながら質の高い結果が最初から得られるわけがありません。
 すると、誰かのせいにしたり、対立が生じたりします。
「関係の質」があっという間に悪くなります。関係の質が悪くなると、「叱られないようにするにはどうしたらいいか」「失敗しないようにするにはどうしたらいいか」ばかり考えてしまい、仕事は受け身になっていきます。そして、仕事がつまらないと感じ、「思考の質」が低下します。自発的・積極的に行動しなくなり、「行動の質」が低下して成果が上がらず、「結果の質」がさらに低下するのです。

 つまり、「結果の質」を追い求めれば求めるほど「結果の質」は遠ざかり、「関係の質」を第一に考えると結果、「結果の質」が向上するという論理なのです。

 前述のSさんの退職は、まさにこの論理で説明できるのです。Sさんは、「結果の質」を最優先で求め、最も大事な「関係の質」をないがしろにしたのですね。

 まずは職場の人間関係の向上を目指してみる。すると、結果、業績が上がる。経営者やマネジャーは、ぜひこれを信じて実践してみてください。

 

 


【14.09.10】第八回「日本のおもてなしは競争優位になるか 〜シンガポール×ホスピタリティビジネス〜」 by 臼杵さおり(シンガポール在住)

文化の違いの乗り越え方


ホテルマンはグループ内で勤務地が変わったり、ポジションアップを目指して他のホテルへ移ったり、異動がつきものですね。同じ業界でも、これまでと違う環境やチームで力を発揮するには、こんなにも大変なのか、そう実感したことのある人も多いと思います。

私は九州のホテルのレストランで働いているとき、料理をお出しする順番として「年配の男性」から出していました。ところが東京の外資系ホテルで、初日にそれをやってしまってすごく怒られました。「ここではどんなときもレディーファーストです!当たり前でしょう?!」と。同じ日本でもサービスの仕方が違うんだなと実感したものです。

一方、大学時代キャミソールにショートパンツという格好をしていたインドネシアからの女子留学生が、実はムスリム(イスラム教徒)と知ったのはずっと後になってからでした。留学生って案外自分と同じ感覚を持っているのかもしれないと気づきました。

「文化の違う外国人でも案外自分と同じような感覚を持っていて、逆に同じ日本の中でも、場所や文化によって多様な文化が存在している」

最近シンガポールで飲食店を運営する日本人経営者から「スタッフがすぐに辞めてしまう」という相談を受け、ふとこの言葉を思い出したのです。



飲食店スタッフのやる気スイッチを探して


シンガポールの飲食業の現場スタッフは時給400円台からのスタートです。最低賃金の定めがないため、給与は自由に決めることができます。しかし人気は高くないですし、突然休むことも日常茶飯事。突然休まれたらイヤじゃないのと聞くと、それはそれ、これはこれと淡々とした様子です。

また職場には、シンガポール人だけでも、中華系、インド系、マレー系がいて、さらに外国人もいて、互いに第2言語である英語を使って会話しています。しかし誰にとっても母国語でないため、うまく気持ちを伝えられない人も多いようです。

とても進んで働きたいと思えない状況で、離職率を下げ、長く働いてもらうにはどうすればいいか−−−?この課題に悩む中で、「異文化の中に共感点を探し、同質文化の中の多様性を認める」この言葉を思い出したのです。

相談を受けた経営者には、これを軸に従業員満足を高める仕組みを提案しました。なぜここで働いているか背景や理由は異なるが、この職場に属することの楽しみ、や家族のように受け入れられている安心感を持って働きたいという気持ちは共通のはず。契約に基づく労働者のチームではなく、アジア的家族観を軸にした働き方を目指していくのはどうでしょうと。

「海外進出の第二段階、当地のスタッフと共に企業文化を作っていく覚悟があるか」という問いですね、と担当者は笑っていました。




人材不足はチャンス!


グローバル化とデジタルデバイスの進化に伴う産業の急速な変化に、人材が追いついていないのは世界共通の課題のようです。日本はこれに加えて少子高齢化、都市と地方のあらゆる差異も追い打ちをかけます。

物理的に人手が足りないことと、求める仕事をこなせる能力開発が間に合っていないこと、二重の人材不足で、企業はつらいでしょうが、逆に働く側にとっては、会社に対話を求めるチャンスでもあります。事業の発展と人材の活用法が合致するのは企業としてもウェルカムのはずです。これを機に、どんな働き方をしたいのか会社に逆提案してみてはいかがでしょうか。




【14.08.25】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.87)

アゴーラ・ホスピタリティーズと星野リゾートのマーケティング考

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 アゴーラ・ホスピタリティーズが運営する「古湯温泉おんくり」のスーベニアショップ

 宿屋大学の看板講座である「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」ですが、大いに盛り上がりつつ先々週(8月16日)、全15回中の6講座目を終えました。
 第6講座は、(株)アゴーラ・ホスピタリティーズの浅生亜也代表取締役社長による「ホテルの経営戦略&マーケティング基礎」。非常に大きなテーマながら、実に考えつくされた構成で、実に学びの多い5時間のセッションでした。

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   宿屋大学の第三回「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」クラス風景

 後半のマーケティングの部分では、「ペルソナ・マーケティング」を学びました。ペルソナ・マーケティングとは、「来てほしいお客様像」を詳細に描き、そのペルソナが喜ぶ商品作りを徹底的にしていくという手法です。年齢や職業、名前、趣味、ライフスタイル、行動特性といった部分まで(例えばそのペルソナを主人公にして小説が書けるくらい)を描いて、「彼だったら、彼女だったらきっとこんなことに興味関心があって、喜ぶに違いない」という思考方法で商品(ハードやソフト)をデザインしていくのです。
 結果、斬新でとんがったホテルや旅館になっていく。そして、そのペルソナと趣味嗜好ライフスタイルが似ている客層が集まり、そうしたライフスタイルに憧れる層も集まって来るということです。
 提供する価値は、「自分たちがいいと思っているもの」であり、同時に「潜在ニーズ」であったりします。潜在ニーズに応えると、それはお客さまの期待を超えることになり、感激や感動になります。これをアゴーラでは「正の期待不一致」と呼んでいるそうです。その根底には「期待どおりを提供するだけでは満足はしてもらえても、大変満足や感動感激は得られない」という考え方があるのです。
 このマーケティング手法は、成熟社会のなかで、あまたあるホテル・旅館のなかから選ばれるマーケティング手法としては非常に有効的であるし、そんな個性的かつ魅力的な宿が日本中に溢れる未来というのは実にワクワクします。
 創業してからたった7年で10軒のプロパティを運営するまでになったアゴーラが、世間から注目を集め、評価されている理由はまさにこの手法にあるのです。
 

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      星野リゾート青森屋で毎晩開催される津軽三味線ショー

 この講義があった翌々日、私は家族旅行で青森に行きました。宿泊は、「星野リゾート青森屋」。ここ数年、近藤家の家族旅行は、星野リゾートが運営する温泉旅館やリゾートに行っています。なぜなら、期待を裏切らず、期待通りに楽しいからです。「年に一回の家族旅行を失敗したくない」という世のお父さんのニーズに的確に応えてくれるからです。
 青森屋は、青森県の東部、三沢市の森の中にある大きな温泉旅館です。「ねぷた」や「津軽三味線」、「せんべい汁」などなど、青森の伝統文化を前面に押し出して、それを体験させてくれます(その文化体験という価値が魅力なのですが、個人的にはそれ以上に、スタッフの皆さんの一生懸命さに心を打たれました。スタッフ全員で家族の想い出を良いモノにしてもらおうと頑張ってくれているのです。それが「そうしなければ」という義務感ではなくて「そうしたい、して差し上げたい」という内発的動機によるものであることが受け手としては感動します)。
 星野リゾートの施設では、こちらが楽しみにしている料理や温泉、文化体験などで期待を裏切らず、満足を得られるのです。いうなれば、「期待以上に、全力で期待に応えてくれる」のが星野リゾートです(潜在ニーズに応えるのではなく、顕在ニーズに全力で価値提供することで期待以上に期待に応えるということです)。
 なぜそれができるかというと、星野リゾートは、徹底的に来たお客さまの声に耳を傾けているからです。顧客アンケートをしっかり取り、マーケティングデータのためやオペレーションの改善に役立てています。なぜそこまでお客さまの声にこだわるかというと、お客さまの「満足した」で満足せず、「大変満足した」を提供しない限り、リピートや口コミに繋がらない、ひいてはビジネス的に意味がないことをきちんと理解しているからだと思います。
 ただし、アンケート調査という過去のデータ至上主義だと、顕在ニーズに徹底的に応えることは可能でも、潜在ニーズを掘り起こして期待を超える価値提供(正の期待不一致)をすることは難しいです。星野リゾートのマーケティングの意図は「ヒットを連打して点を稼ぐことであり、三振や凡打は絶対に避ける」、つまり「失敗しない」マーケティング手法といえるかもしれません。
 現に、星野リゾートのリピーターである近藤家も、「次はどこの星野リゾートに行こうか」と考えるのですが、「何度も、青森屋に通いたい」という感覚にはなりません。もちろん、大満足なのですが、「また新しい体験や新鮮な感覚を味わいたい」と考えるとほかの星野リゾートの温泉旅館やリゾートに行きたくなるのです。星野リゾートは、星野リゾートというブランドのホテル・旅館のなかでリピートしてくれればいいと割り切っているのだと察します。だから、数年前から「界」や「リゾナーレ」といったブランド名を施設につけているのでしょう。

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 魚釣りに例えるならば、星野リゾートは、魚がたくさんいるところに釣糸を垂れ間違いなく釣りまくる、アゴーラは超美味しい撒き餌を巻いて魚から来させる。集まってきた魚は「こんなにうまい餌は初めてだ!(正の期待不一致)」と大感激する。魚がいない漁場に魚を集めなければならないからこそ美味しい撒き餌という「とんがり」が必要であり、だからこそ、徹底的に熟考してペルソナをつくりこんでいるのです。
 現に、私はアゴーラの「野尻湖ホテルエルボスコ」の大ファンで、何度も訪れています。「また、あの湖を見下ろす森のなかの小さなホテルの空間で読書に耽りたい」とときどき夢想しています。

 つねに期待を超える努力をして価値提供し、潜在ニーズに応えて感動感激を伝えるアゴーラ、失敗しないマーケティングで的確に期待に応える星野リゾート、どちらも実に巧みに独自のマーケティング手法を貫いて、非常にいいビジネスを展開しています。



【14.08.11】第七回「日本のおもてなしは競争優位になるか 〜シンガポール×ホスピタリティビジネス〜」 by 臼杵さおり(シンガポール在住)

第7回 「いいサービス」の定義が変わった


1、10年前のサービストレンドを引きずっていないか?

 ファッションに流行があるように、サービスにも流行がある。目に見えないので、そのサービスが時代遅れかどうかは分かりづらいです。しかし時代遅れのサービスは着実に経営体力を奪っていく気がします。例えば10年前のトレンド、「ハイorロー」「個人」「便利」を今も続けてしまってはいないでしょうか。

「ハイorロー」(高級か激安)…伝統やストーリーのない見た目だけの高級感はすぐに見破られてしまう。また異常に安い旅行商品や品物には誰もが多かれ少なかれ痛い経験をしているので、こちらも敬遠されてしまう。一回限りの利用であれば通用するが、2回目の利用や口コミの評判は難しい。

「個人」…今でも通用しそうなキーワード。要注意。今、一番元気なのが、個人より趣味や愛好家のグループ。ビジネスグループのように閉鎖的でなく、オープンな集団。個室が多いレストランや、密閉感のある空間は演出でカバーし、宴会場のような大空間を区切って使用する場合は空間全体がいい雰囲気になるように動線などを工夫する必要がある。

「便利」…最も危険なキーワード。スマホで何でもできる時代に「便利さ」「ITよる快適さ」だけを追求したものは逆に人を不快、不自由にする恐れも。「申し込みはネット、変更・解約は直営店の店頭でないとダメ」や、操作が難しいタッチパネル式のエアコン調節機などがその典型。



2、今、サービスのトレンドは「無意識型」

これに対し、現在は顧客が頭を使ってアレコレ考える必要のない、ただ感じればいい、「無意識型」サービスがトレンドではないかと見ています。右脳型、五感型とも言えます。デジタル機器の操作や人間関係など、思考を伴う煩わしいことからの解放を促すサービス。これを「おいしい、楽しい、心地いい」というキーワードでまとめてみました。

「おいしい」…口に入れて即、幸せを感じること、またお得である、値段以上の価値があること。

「楽しい」…ラクをさせてくれる意味と、純粋にfun、エンターテイメント性が高いということ。

「心地いい」…自分の体や感覚にフィットしていること。

「おいしい」に関しては、安全、健康的、オーガニックなどの本質的な食がトレンドですね。もしくは、「おいしそうなもの」、例えば、とにかく見た目がかわいいスイーツ、斬新な調理法や、華やかな盛りつけのお皿などです。視覚に訴え、思わずSNSにアップしたくなるようなフォトジェニックなものが人気です。
「楽しい」に関しては、USJやハウステンボスの新規アトラクション、プロジェクションマッピング、カジノなど、エンターテイメント性溢れるものも注目されています。家まで届けてくれるネットショッピングや、お掃除ロボなど、「ラク」させてくれるサービスも広がっています。
「心地いい」とは、「心」「体」「思考(頭)」の3つがバラバラになっている状態から、三位一体となった自分本来の状態に戻っていくときの感覚です。スポーツ、リラクゼーションの他、アイドルのおっかけ、フィギア集めなど、フィーリングが合う仲間同士の一体感もまた「心地いい」ことの一つです。
 色々取り組んでいるのに成果が出ない場合、トレンドとのズレが根本にあるのかもしれません。




3、「あ、ここは自分の居場所だ」と感じられるのが、いいサービス

「おいしい、楽しい、心地いい」と無意識に感じてもらうには、「お客様のために」というサービス提供側の意図を消す必要があります。
 例えば、非日常を味わいに、田舎の温泉宿まで来たのに、スタッフは標準語で話し、料理の説明もよどみなく完璧であったら、少し寂しくはありませんか。その土地の言葉で話したり、料理を運んだ際には「わー初めて見るこの食材はなんだろう?こちらの特産かな」と相手が感じるまで待ってから説明するなど、一呼吸おいてもらった方が、落ち着きます。

「いいサービス」の定義は、この10年で変わりました。一番の変化は「完璧なサービスを「する」ことから、心地よいと「感じる」サービスへ、つまりサービス提供者主体から受け手主体へ、サービスの良し悪しを決める判断主が移ったことです。
 そうなると、サービスの主体はあくまでお客様です。お客様の感性が加わって初めて一方的なサービスから「ホスピタリティの場所」へ変わります。サービス提供側がその場の全てを支配せず、一分の「隙」「余地」を残しておくと、お客様は自分でそこに自分の居場所を作ります。そして自然に自分の話をはじめたら、それが、ここが気に入ったよ、というサインです。
 スタッフに、「最近、いいなと感じるサービスに出会った?」と聞いてみてくだい。きっと何か無意識型のサービスに出会っていると思います。無意識に幸せを感じる要素を、今度は自分たちのサービスの中に見つけ、それを磨いていくと、理想のお客様が来てくれるかもしれません。人はいつでもどこでも自分の居場所を探しているものです。あなたのサービスの中に、お客様が心地よいと感じられるスペースを空けておいてください。



※写真はすべてイメージです。



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