【21.09.01】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.102)「ホテルの意義を再定義する」Part2

ホテルパーソンという素敵な人種



前述した通り、私の本業は宿屋大学という「宿泊業に特化したビジネススクール」の経営・運営である。二〇一〇年四月、前職の出版社で行なっていたセミナー事業を持ち出す形で独立した。なぜこの事業を始めようと考えたのか。少し説明したい。

私のキャリアは、『ホテル業界就職ガイド』という一冊の書籍を企画・編集・出版したところから始まっていると考えている。一九九六年のことだったと思う。当時、石ノ森章太郎の漫画が原作となったドラマ「HOTEL」がヒットしていた。主人公のベルボーイ・赤川一平や同僚のホテルパーソンたちの働き方や職場のかっこよさに憧れて、多くの若者が「ホテルマンになりたい」と志望した。ホテル業界が人気職業になったのだ。しかし、インターネットのない時代、ホテルの仕事の実態や、就職情報は一部の書籍を除いては見つけることができなかった。書店に行っても、「マスコミ業界に就職する本」や、「スチュワーデスになる本」はあっても、ホテルマンになる本は存在しなかった。

そんなとき、あるホテル専門学校のホテル学科長に呼ばれて、こう言われた。

「おたくで、ホテルに入るための就職ガイドを作ってくれないかなあ」と。

当時の私が就職活動を終えたばかりということもあったと思う。就活生が何に困るのか、どんな情報を欲しているのかなどに、ある程度明るかったため、すぐにコンテンツを考えて企画書を作った。社内で前例がなかったためか、「学生向けのビジネスが儲かるとは思えない」という理由で企画はなかなか通らなかった。しかし、全国の専門学校のなかに、雨後の筍のように生まれ始めた「ホテル学科」の先生を訪問し、「今度、こういう就職ガイドを創るので教科書採用していただけないでしょうか」と頭を下げると、あろうことか、まだ存在していない書籍にもかかわらず、多くの先生が注文してくれた。
そうした注文数が千部を超えたとき、企画は通った。その後、三日三晩寝ないで編集・校正作業をするなどの生みの苦しみを味わいつつも、晴れて『ホテル業界就職ガイド1997』は誕生した。

同ガイドは、出版されると驚くほど注文が入った。販売部の電話は、全国の書店からの注文で、ひっきりなしに鳴り続けた。専門書としては異例だと思うが、一万部を超えた。
 その後、私はホテル業界への就職支援ビジネスをいくつも企画・運営したが、何をやってもヒットした。「ホテル業界合同企業説明会」というジョブフェアや、第四章に登場する濱田佳菜も参加した「大学生のためのホテル業界就職講座」という合宿研修など、毎年定例で開催する就職イベントなどの新卒者就活支援ビジネスはオータパブリケイションズの柱の一つになっていった。

入社してから数年で、細くとも会社の事業の柱を創れたということは、私の大きな喜びであり、ビジネスの面白さを知り得た経験となった。それだけではない。私は私の人生を豊かにしてくれる宝物を得たのだ。ホテル業界を目指す若者たちとの交流である。彼らは、一様に明るく、人に喜んでもらうことを自分の喜びと感じる、心根の優しい若者ばかりだった。「ホテルマンになりたい!」と瞳を輝かせながらオータパブリケイションズのオフィスに来ては、履歴書や自己PRの添削を私やほかのスタッフに乞い、面接のトレーニング相手となることを求めてきた。一緒にホテルを目指す学生を、ライバルではなく仲間と見なし、誰かが内定を獲ればみんなで喜び、誰かが第一志望のホテルから落とされたら、みんなで悲しむ。そうやって就活の泣き笑いを共にした。私はそんな若者たちに向かってエールを送り、「一緒にこの業界を盛り上げよう!」と背中を押した。そんな交流が一〇年以上続き、毎年数十人、数百人という若者がホテル業界に就職した。相手を思い遣ることが自然にでき、一緒にいて楽しい若者たちとの公私を超えた交流を私は心から楽しんだ。

私が三〇歳を過ぎるころ、自分の天職をこう決めた。

「ホテル業界人の人生の応援団を担おう」

私が背中を押してホテル業界人になった若者たちの人生を応援する仕事を一生の仕事にしようと決めた。そして、新卒者向けの就職支援ビジネスは部下に任せ、私は現役ホテル業界人の支援事業を始めた。インターネットを使った求人サービスや人材紹介業、業界人のためのキャリアアップガイド、ホテル業界人専門のSNSなどの事業を興していった。
 私の仕事は人を幸せにしているし、自分も楽しい。その上でビジネスも好調で会社に利益をもたらしている。人生最高、そんな思いでいた。

ところが、そんな良いことばかりは続かなかった。こんなことが続いたのである。

目をキラキラさせながら就職活動をし、希望のホテルに就職したホテルパーソンが、数年経って再度オータパブリケイションズにやってくる。そして、こう告げるのだった。
「ホテルの仕事、疲れました。ほかの業界に転職することにしました」と。そう言って、携帯電話の販売会社や生命保険会社の営業職などに転職していった。また、三〇歳前後の男性ホテルマンも多く来るようになり、彼らはみな同じセリフを言った。「ホテルの仕事は好きなのですが、給料が安くて結婚できないので、給料のもっと良い会社に転職します」、もしくは「子供ができて、奥さんが仕事を辞めたため、自分ひとりの給与で家族を養わなければならないのですが、ホテルの給料じゃ足りないので辞めます」といったセリフである。
 自分が就職の支援をした若者が、あまり幸せになっていない……、そんな現実を目の当たりにしたのだった。



古き良き時代の終焉



一方で、ホテル企業のビジネスの在り方に対して、違和感を覚えることも多々あった。
 例えば、某電鉄系ホテルの総支配人をインタビューしたときのことである。その総支配人は自分の仕事のミッションについてこう語ってくれた。

「私の仕事は、ホテルで儲けることではないんです。電鉄会社である親会社からは、『赤字では困るけれど、利益を出すことはホテルビジネスの目的ではない。沿線住民のためのフラッグシップホテルになり、グループ全体のブランドイメージを上げることがあなたの役割です』と言われています」

今となってみればこのロジックはよく理解できるが、当時は、「利益を出さなくてもよいビジネスが存在するのか?」とびっくりしたことを憶えている。

また、あるシティホテルではこんなエピソードを聞いた。
あるとき、一〇〇〇万円の宴席を受注した。この大きな売上額を前にホテル中で喜んだ。そして、調理部は最高の食材を使って極上の料理を作り、高級ワインを何十本も空け、大勢のスタッフが給仕にあたり、精いっぱいの宴席を提供した。宴席が終わり、原価や経費を計算すると、なんと総計一一〇〇万円かかってしまっていたという。つまり、一〇〇万円の赤字だ。赤字を出しているのにみんなで喜んだというオチである。

事程左様に、かつてのホテルは損得勘定に無関心であった。親会社のお飾り的な役割を担っていたし、ホテルの存在意義が事業性よりも社会性にあったことを考えると納得する。特段軽蔑に値する考え方ではない。
 
事業・ビジネスには「ロマンとソロバン」の両方が必要だ。その仕事を通して成し遂げたいこと(=ロマン)と、その仕事によってどう収益を上げるかを考えること(=ソロバン)の二つである。当時のホテルは、少し大げさに表現すれば、「ロマンだけを追いかけていればよかった」のである。ホテルにとって、そしてホテルパーソンたちにとって「古き良き時代」だったのだ。

ところが、バブル経済が崩壊し、日本経済が失速すると、徐々にホテル子会社を所有する親会社もスタンスを変えていった。ホテル子会社に冷たくなっていった。「ホテルもビジネスです。しっかり稼いでください」という姿勢になったり、本業回帰という流れに乗ってホテル資産を売却するところも出てきた。売却される先が不動産投資ファンドというケースが増え、ますます「利益重視」が加速した。

これまで、「ホテルのみなさんは、利益のことは考えなくてよいです。目の前のお客さまを喜ばせることだけを考えてください」と指示を受け、おもてなしのスキルを磨いてきたホテルパーソンたちは、大いに戸惑った。サービス職人、ホテルサービスマンとしての自分を向上させてきたのに、ある日突然「ホテルビジネスマンを目指してください」と言われるようになったからだ。つまり、「ロマンだけではなく、これからはソロバンも弾いてください」と言われるようになったのだった。

そして、ビジネスという名のソロバンを勉強したホテルパーソンと、ビジネスや数字に苦手意識をもって学ぼうとしなかったホテルパーソンに分かれた。後者のホテルパーソンは、現在ではこの業界から姿を消してしまったように思う。


一流のホテルサービスパーソンになっても……



「ホテルで使うソロバンの弾き方をみんなで勉強しよう」

宿屋大学というビジネススクールを始めた目的はこれである。ソロバンだけではなく、顧客満足を提供しつつ、社員も幸せになれるホテルビジネスを遂行できるプロフェッショナルホテルマネジャーを、日本中に増やしたいと思って創ったのである。宿屋大学は、創業当初は不慣れなスクール運営であったが、徐々にビジネススクールの体を成すようになり、いまでは、受講者の成長を愚直に伴走する体勢がとれている。結果、多くの卒業生が優れたホテル総支配人になって全国で活躍している。

ビジネススクールの経営・運営という本業の一方で、私は大学の観光学部やホテル専門学校で講師をしいている。初回講義では必ず次のことを伝えている。

「一流のホテルサービスパーソンになっても、食っていけない」

上場しているような老舗高級ホテルのサービス職人、マスコミで取り上げられるようなソムリエやコンシェルジュといったスター級の職人ならともかく、並のサービス職人レベルでは給与がなかなか上がらず、生活に困るということを、事例をもとに伝えている。こんな感じである。

「これは、都内にある某高級外資系ホテルのレストランで働くホテルマン三人の話です。三人とも三〇歳の男性で勤続年数も一緒。Aさんはマネジャー、Bさんはアシスタントマネジャー、そしてCさんはチームリーダーです。月給(額面)はいくらか。Aさんは三七万円、Bさんは二八万円、そしてCさんは二二万円です。つまり、マネジメント職になればある一定以上の額をもらえますが、接客だけやっている人の給与はほとんど上がらないのです。その差なんと一五万円です。三〇歳というのは多くの男性が結婚して所帯を持つ年齢ですが、奥さんと子供を養うのに必要な月の生活費は平均で二八万円です。要するに、接客だけやっていては食っていけないんです。だから、みんなには三〇歳までになんとかアシスタントマネジャー以上を目指してほしい。そのためには接客スキルだけではなく、マネジメントやビジネスを勉強する必要があるのです」

私は、講師業を始めて一二年になるが、一二年間これを言い続けている。この想いに変わりはない。ましてやテクノロジーが発達し、接客の仕事がロボットや機械にとって代わっている時代である。接客だけをやっているサービスマンの仕事は少なくなり、結果給料も減っていくだろう。だから、マネジメント職になって接客する人を使う立場に就かないと、この業界では生きてはいけない。こんなメッセージを何度となく発している。
ところがこのメッセージ、実は残酷な意味を含んでいる。なぜなら、ホテル志望の学生のほとんどは、接客がやりたくてホテル業界を志望しているからだ。ビジネスや金勘定にはあまり興味がなく、人から「ありがとう」と言ってもらうことに生きがいを感じる人たちである。私が一二年間言い続けているメッセージは、「三〇歳前後で給料面に課題を抱えて泣く泣く業界を去って行くホテルパーソンを無くしたい」という思いで、敢えて、その人たちの気持ち、接客を極めたいという意思を無視したメッセージを伝えているのだ。
本来ならば、「ホテル業界人の人生の応援団」というスタンスで活動している私の立場ならば、「おもてなし、接客をやりつつ、世間並かそれ以上の給与を得られる業界になるにはどうしたらよいのだろうか」という問題解決に取り組むべきなのだ。薄給という問題を当事者だけに押し付けず、業界全体で考え、構造改革をしていく必要がある。ホテルというサービス業においてゲストに直接価値を届けるサービスパーソンは不可欠であり重要な存在だ。第三章で登場する吉成太一に言われて私自身もハッとさせられたのだが、我々はこれまで、彼らの薄給問題を「この業界、そんなもんだから」と諦め、思考を停止し続けてきてしまったのではないだろうか。そんな自責の念を感じずにはいられないのだ。


ホテルの未来に向けて



新型コロナウイルス感染拡大によって、世の中の常識が変わった。ホテルの在り様も多種・多彩になった。いや、むしろ「一つひとつのホテルが個性をもって多種・多彩になっていかないと生き残れない時代になっていく」といった方が正しいだろう。

ホテルで働くホテルパーソンたちの働き方やキャリアデザインも、もっと多様になっていいはずだ。おもてなしをし続けたい人はおもてなしを存分にすることができ、マネジメントを担いたい人はマネジメントに集中でき、ホテルを創る仕事がしたいという人は開発の仕事に携わることができる。そんな時代。また、なにもフルタイムワークにこだわる必要もないだろう。元・旅館の仲居だった主婦が、接客のプロとして時々呼ばれてVIPの接遇にあたるということや、SNSに強いホテルパーソンが、サイドビジネスとしてホテルや旅館のインスタグラム公式ページの運営を受託するといったことも自由にできる時代になるだろう。

この後、第二章からは、魅力に溢れたホテリエたちが登場する。彼ら彼女らの人生の軌跡や考え方、ホテル経営哲学を綴ったノンフィクションドキュメンタリーであるが、実に価値があると自負している。「ホテルは空間に価値を加えて時間貸ししているオペレーショナル・アセットである」と私は分かったようなことを語っているが、この五人のニュータイプホテリエは、端からそう捉えている。「ホテルは寝る場所」とは、誰一人捉えていない。例えば、第二章の主人公である龍崎翔子は、「ホテルは空間に時間軸を合わせた四次元のメディア」と捉えてさまざまな価値創造を続けているし、第三章の吉成太一は「ホテルは新しい文化が生まれる場所」と定義している。第四章と五章で登場する三人のホテリエは、「訪れた人が自分の居場所と感じられるサードプレイス」というキーワードを発している。

では、これからお付き合い願いたい。トップバッターは「ホテルはライフスタイルの試着室」と語る龍崎翔子、この業界に現れた気鋭のアントレプレナーの人生からスタートする。

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ぜひ、続きを、本書にてお読みください。
「ホテルを再定義」して生み出された価値やホテルの新しい形の具体例が満載です。


●新刊『惚れるホテルを創る 愛されるホテリエたち』のマクアケプロジェクト


【21.09.01】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.101)「ホテルの意義を再定義する」Part1

ホテルの本質とは



「ホテルはその存在意義を変えるべき時期にあり、存在を再定義する必要がある」

私はプロローグでこう述べた。新型コロナウイルス感染拡大によって〈宿泊〉という需要が大幅に縮んでしまったため、宿泊以外の価値創造を模索すべきであり、そのために新しい在り方を考え、新しい価値創造をしていかなければならないのではないかという意見だ。

「ホテルは宿泊の場所」。これが従来の定義であり本質だ。本質とは、あらゆる要素をそぎ落として最後に残ったもの、欠くことができない最も大事な根本要素のことである。その〈宿泊〉という本質の需要が、今回の感染禍によって激減したのである。
では、どうあるべきか、どんな新しい価値創造ができるか、それをどう考えていけばいいのか……、第一章では、これを整理してみたい。

一般的に、ホテルは「サービス業」だと認識されている。「おもてなしビジネスの最高峰」というイメージを持つ日本人も多いだろう。ホテルはサービス業。これは間違いない事実だ。しかし、実はサービス業だけでは、ホテルビジネスの正しい説明とはいえない。五〇点である。ましてや、ある業界の人たちから見たら、ホテルはまったく違う性格を持ったビジネスになる。




ホテルという不動産業の契約時間単位とは



左記の〇〇〇の枠には、どんな文字が入るか、お分かりだろうか。

ホテル = 〇〇〇業 + サービス業

ホテルは、〇〇〇業にサービス業を付加したビジネスである。
答えは、「不動産」である。ホテルというビジネスは、土地と建物という不動産の上で、サービス・オペレーションを展開するビジネスなのだ。これを、ビジネス用語で「オペレーショナル・アセット」と呼ぶ。オペレーション(運営)しなければ価値が生まれない資産(不動産)なのだ。

では、不動産ビジネスとはどんなビジネスか。ひとことで言うと、土地や建物を利用して価値を生み出すビジネスである。建物という空間、もしくは単なる土地という空間を時間で区切って利用者に提供している。その時間の長さによってさまざまなビジネスが展開される。

例えば、分譲マンションは、一度売ってしまえば永久に購入者のものになる不動産業態である。賃貸マンションであれば、時間単位は〈月〉であり、利用者は家賃を支払って部屋という空間を借りているのだ。ウィークリーマンションであれば、賃貸住宅(マンション)を一週間単位で借りることができる住居であり、オフィスビルは月単位で賃料を支払う。レジャーホテル(通称:ラブホテル)は、二〜四時間ほどの〈時間〉単位で空間を提供している。コインパーキングは〈一〇分〉単位で駐車スペースを貸しているビジネスだ。つまり、契約期間の単位で事業内容が変わるのだ。

では、ホテルという不動産業の契約期間は、どんな時間単位だろうか。

これは、すぐにお分かりだと思う。〈一日〉である。ホテルは一日単位で客室という空間を貸し出している不動産ビジネスである。そこにサービス・オペレーションという価値を加えて一つのビジネスにしているのだ。




ストックビジネスとフロービジネス



話は多少脱線するが、さまざまな不動産ビジネスの業態があるなかで、ホテルは最も難しいビジネスではないかと、私は感じている。賃貸マンションであれば、一度賃借人が入ってしまえば、あとは管理・清掃といった作業だけで毎月固定家賃が入ってくる。一方のホテルはといえば、マーケティングやセールス活動を駆使して毎日客室を埋めなければならない。しかも、ご利用いただくゲストに対して、サービス・オペレーションを提供しなければならない。つまり、三六五日毎日埋めるための努力とコスト、オペレーションという努力とランニングコストが発生するのだ。

さらに補足すると、マンションやオフィスビルならば少なくて済む共用スペース(ロビーや廊下などのパブリックスペース)や事務所(バックオフィス)などを確保しなければならない。理論上は収益を生まないスペースを比較的多めに持つ必要があるのだ。二〇一〇年代になってインバウンド需要が増えたあとは、「そうとも限らない」と言われるようになったが、不動産業界では「ホテルは景気変動やオペレーターの力量に影響し、ボラティリティ(価格の予想変動率)が大きくて最も難しい不動産業態、坪効率が最も悪い不動産業」というのが定説だったようである(不動産ビジネスには、契約単位が短ければ短いほど単位面積当りの売上が高くなるというセオリーがあり、ホテルは〈一日〉という短い契約単位によって、ほかの不動産業態よりも高収益を実現できたり、需要に合わせて販売価格を柔軟に高めたりすることができるメリットもあることを補足しておく)。

ここ数年のビジネストレンドに「サブスクモデル」がある。多くの経営者、ビジネスマンが自社のビジネスモデルをサブスクモデルにできないか思案している。「サブスクモデル」とは、サービスを提供し、そのサービスを一括で売上金として受け取るのではなく、月額制や年額制で受け取る仕組みである。毎月固定で収入を得られるため、経営者にとっては資金繰りに頭を悩ませる必要が減る、ありがたいビジネスモデルである。これをストックビジネスと呼ぶ。ストックビジネスの対義語が、フロービジネス。フロービジネスとは、顧客との関係は継続的ではなく、その都度顧客との関係を築き、その時々に収益を上げていくビジネスである。契約や販売を繰り返さなければならず、売り上げのめどが立たない時期には収入が入ってこないというリスクと不安が経営者に付きまとう。
お分かりだと思うが、賃貸マンションという不動産業はストックビジネスであり、客室を一日単位で販売するホテルは、フロービジネスである。私が、「ホテルビジネスは難しい」と感じる大きな理由のひとつがこれである。




オペレーショナル・アセットという本質



話が横道に逸れてしまったが、ホテルの本来の本質である「宿泊する場所」を、一度脇に置いて、ホテルの本質を「一日単位で空間を貸し出す不動産業」と考えてみる。
 不動産業とは、「空間」×「時間」で価値を創るビジネスある。そして、オペレーションによって価値を加えたのがオペレーショナル・アセットというビジネスである。こう考えると、計算式は次のようになる。

ホテルという不動産業 =「空間」×「時間」×「オペレーションによって創造する価値」

どうであろうか。ホテルという不動産業を因数分解し、三つの要素に分けて考えてみるのだ。それらの掛け合わせによって、無数の価値創造の方策が生まれやしないだろうか。
「空間」でいえば、ホテルには、客室以外にもレストラン、バー、ロビーラウンジ、庭、プールサイド、宴会場など多様な空間がある。

「時間」なら、分単位、時間単位、一日単位、週単位、月単位、年単位での区分ができる。あるいは分譲すれば永久に買った人の持ち物になる。「オペレーションによって創造する価値」も、「誰に・何を・どのように」という問いによって無限に思考を巡らすことができるだろう。

これまでのように「宿泊施設」という在り方だけでホテルを考えると、ゲストは午後三時にチェックインし、翌日の一一時にチェックアウトするまでの二〇時間の滞在体験は一様である。例えば、フロントでチェックインした後に客室に入り、寛いだ後、夕食をとり、バーでお酒を楽しんで就寝。翌日は朝食をとってからチェックアウト。ほぼこのような滞在ではないだろうか。そして、顧客提供価値は、「翌日の活力」である。ゲストは次の日に生き生きと元気に活動するために宿泊するのである。

一方、「オペレーショナル・アセット」という在り方ではどうか。同じく、午後三時にチェックインし、翌日の一一時にチェックアウトするとして、その二〇時間の体験価値をどうデザインするかが問われることになる。ホテルの新しい定義を「オペレーショナル・アセット」とすることで、顧客提供価値は〈体験〉となり、思考は多様に展開できるようになる。

最近では、ホテルの予約から、チェックイン、滞在、チェックアウト、後日SNSに投稿・レビューするというところまでの体験を時系列で紙の上に書き出して、各ポイントをどう設計すれば顧客体験が最良のものになるかを考える「カスタマー・ジャーニー・マップ」という手法もよく見かけるようになったし、宿屋大学では、マーケティングの講義や研修で頻繁に扱っている。

もっとも、三時チェックイン・一一時チェックアウトという考え方自体が、一日単位というフレームに縛られた考え方だ。時間単位、週単位、月単位などで考えることによって、オペレーショナル・アセットによる体験価値を創造する幅が広がる。
オペレーションすべきは、快適な宿泊のお手伝いではなく〈体験〉だ。よって、これからのホテル業界人が磨くべき能力やスキルは、体験価値を創造する力であり、デザイン力になる。よりクリエイティブな発想力が求められるようになるだろう。



ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.101)「ホテルの意義を再定義する」Part2 に続く


●新刊『惚れるホテルを創る 愛されるホテリエたち』のマクアケプロジェクト


             



【21.09.01】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.100)『惚れるホテルを創る 愛されるホテリエたち』



私(宿屋大学 代表 近藤寛和)は、10月1日に、古巣のオータパブリケイションズから、書き下ろしノンフィクションドキュメンタリー『惚れるホテルを創る 愛されるホテリエたち』を上梓いたします。

書籍編集者として、そして著者として私はこれまでたくさんの書籍の出版に携わってきましたが、久しぶりに手掛けた今回の新刊には、特別な思いがあります。私にとって格別な一冊です。それはもう、「この一冊を書くために生まれてきた」といってもいいくらい。集大成というとちょっと大げさですが、私のこれまでの人生、キャリアの帰結のような存在です。

●零細ながら商売人の家に生まれたこと。
●学生時代、バックパッカーを長らくやっていたこと。
●オータパブリケイションズに出合えたこと。
●そこで、愛すべきホテル志望の学生との交流があり、自分自身彼らに大きく変えられたこと。
●中谷彰宏さんに出会って、ベストセラー『ホテル王になろう』を創れたこと。
●ホテレスの記者として様々なホテル・旅館や経営者を取材できたこと。
●コーネル大学ホテル経営学部を密着取材したこと。
●原忠之先生や、マリオットで30年以上マネジメントをやった飯島幸親氏に出会い、グローバルホテルビジネスを知れたこと。
●宿屋大学を12年前に起業したこと。
●グロービスに通ったこと。
●YMCAや立教大学で、素敵な学生と出会えたこと。

そして、

●「コロナ禍」。

こうした、私の人生で起こったすべての要素が絡み合い、影響しあって、「本書を書かねば!」と思わせたのかもしれません。

そして、5人の愛すべきホテリエとの出会い。
彼らの人生やホテルに込める熱い想いをノンフィクションドキュメンタリーとして綴りましたが、実は、今回は、かなり私が多くを語っています。これまでの経験、知見、情熱、ホテル業界人の皆様への愛情などを総動員して書き上げたのが本書です。ホテルや旅館といった宿泊事業に携わる方への大きな感謝の気持ちを込めて・・・。

よく「寝食忘れて没頭する」といいますが、寝食しながら書きました。つまり、夢の中でも構想を練り原稿を書いていたほど、夢中になって創作しました。


本書の構成は、

プロローグ これからのホテルを思索する旅立ちに際して
第一章 ホテルの意義を再定義する
第二章 ホテルはライフスタイルの試着室(龍崎翔子)
第三章 常識の対岸に、人生は広がっている(吉成太一)
第四章 ロマンのためにソロバンを弾く人でありたい(濱田佳菜)
第五章 街ととけあい、人をつなげる(リンナス 松下秋裕氏&ホテルみるぞー)
エピローグ ポストコロナの「ホテル」と「ホテリエの働き方」
あとがきに代えて

となっています。


出版は10月ではございますが、ブログ「ホテルマネジメント雑学ノート」の100号を記念して、「プロローグ」と「第一章 ホテルの意義を再定義する」を連載で、公開したいと思います。


●新刊『惚れるホテルを創る 愛されるホテリエたち』のマクアケプロジェクト




プロローグ 〜なぜ本書を書こうと思ったか



二〇二〇年一月某日朝六時、NHKから流れてきた一本のニュースで私の眠気は一気に覚めた。
「中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスの感染拡大を避けるため、中国政府は春節期間の海外への団体旅行を禁止した」
 ほんの数分の報道だった。しかし、このニュースを聞いた瞬間、それまで対岸の火事にしか思えていなかった新型コロナウイルスが、私には一気に自分にも近い出来事に思えた。「これは日本の観光業界に大きな影響を及ぼすに違いないし、自分の生活にも大きく関係してくるだろう」と……。

二月三日、横浜港に寄港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号において七〇〇人を超える感染者が発生、同二八日は感染拡大が顕著だった北海道において「緊急事態宣言」が発出された。三月に入ると欧米各国でも感染が急拡大、世界保健機関(WHO)は「パンデミック」に相当すると認定。このころからマスクがドラッグストアから姿を消し、「東京五輪・パラリンピック」も延期が決定、高校野球をはじめとした恒例行事も次々と中止となっていった。「三密回避」が叫ばれ、「緊急事態宣言」の発出と続いた。「新しい生活様式」、「ソーシャルディスタンス、「ステイホーム」……、そんな新語が飛び交うようになると、我々はこの未知の敵との闘いが長期戦になるであろうことを予感しだしたのだった。



八方塞がりとなった宿泊業



宿泊業界における最も衝撃的だったのは、「WBFホテル&リゾーツ(株)が大阪地裁へ民事再生法の適用を申請」というニュースであった。最大二七のホテルを全国に展開していたホテルチェーンが破綻したのだ。四月の日本全体のホテル稼働率は、前年比八三・五%の減少、ADR(平均客室単価)は前年比四七・五%減、全体の宿泊者数は七七%の減少となった(STR二〇二〇作成、PwCコンサルティング「COVID19:ホテル業界への影響」より)。
 
四月某日、知り合いが支配人を務める都内の宿泊特化型ホテルを数軒訪問した。銀座の某ホテルにその日の稼働率を聞くと、「稼働率どころじゃないですよ、二部屋しか埋まっていません」と苦笑された。上野のホテルに至っては、「今朝チェックアウトされたお客さまが出発されて、いまは一組も宿泊客はいない状況です」と嘆いた。

二〇一九年までの数年間は、インバウンド需要の急伸によって日本の宿泊産業は、わが世の春を謳歌するかの如く絶好調であったが、このインバウンド需要が皆無になった途端、宿泊産業は一気に元気を失った。不要不急の外出や県境を跨ぐ移動の自粛によって出張は激減しオンラインコミュニケーションに代わっていった。おまけに、三密回避によって宴会・集会という需要も壊滅状態になった。

宿泊産業は、観光ホスピタリティ産業と呼ばれている。「ステイホーム」という呼びかけは、「観光するな」ということであり、「人と会うな」というのは、ホスピタリティの発揮のしようがないということであり、「集うな」というのは、宴会やイベントができないということである。つまり新型コロナウイルスは、「宿泊する場所の提供」や「会食や集う場所の提供」というホテルの機能を使ってはならない世の中に変えてしまったのだ。
ホテル経営者、ホテル業界人の憂いは日に日に増していった。経営者たちは、客室稼働率が数%に落ち込み、売り上げが立たない状況下で社員やスタッフの雇用をどう守るかに頭を悩ませた。雇用調整助成金を得るために休業となり、時間をもてあそぶようになったホテルパーソンたちの多くは、いつ仕事を失うか、戦々恐々とした日々を送っていたのだった。


ビフォーコロナには戻らない



この感染禍は、リーマンショックや東日本巨大地震を超える悪影響を宿泊業界に与えている。日本のホテル史上最大のピンチだ。GOTOトラベルが始まった二〇二〇年七月から約半年間は、ホテル・旅館の利用が激増したものの、結局はカンフル剤でしかなく、停止後の需要は再度低下した。年が明けて二〇二一年になると、大手ホテル企業のなかにも早期退職者を募るといったリストラ策に走るところも目立ってきた。収束が先か、資金ショートが先か、ホテル・旅館企業は、体力勝負になっている。私の知り合いのホテル経営者のなかには、宿泊業を諦めてレジャーホテルに切り替える例も出てきた。

取り巻く環境も社会の在り様も、人々の価値観も大きく変わった。そして、ビフォーコロナには戻らない。では、ポストコロナの世の中はどう変わるのか。これからのホテルはどう在るべきか。従事するホテリエや働き方はどう変化していくのか。ステイホーム期間中、私はひたすらこの問いを考えた。朝から晩まで仕事部屋に籠り、資料や本を読み、識者が語る動画をチェックし、近未来の社会の在り様を夢想した。

ひとつ確信したことがある。それは、「ホテルはその存在意義を変えるべき時期にある」ということ。「存在を再定義する必要がある」ということだ。〈宿泊〉という需要が大幅にシュリンク(縮む)してしまったのだから、「ホテルは宿泊の場所」という定義をいったん脇において、新しい存在意義、違う提供価値を考えていくべきではないか。宿泊需要一本足打法はもはや通用しない。たとえインバウンドが戻っても、単なる宿泊インフラとしての機能だけでは選ばれず、価格競争を強いられ、ビジネスは厳しくなるばかりだろう。

富士フィルムがフィルムメーカーからヘルスケア用品事業で再生に成功し、テレビやオーディオといった家電メーカーだったソニーが、音楽や映画、ゲームといったコンテンツビジネスで大半を稼ぐ企業に代わり、自動車メーカーから脱却しようとしているトヨタが、「Woven City(ウーブン・シティ)」というスマートシティを建設しはじめた。求人広告から始まったリクルートが、広告をコンテンツ化して企業と消費者をつなぐマッチング・ビジネスを横展開して住宅や車、旅行や結婚情報の分野でもデファクトスタンダード(事実上の標準、トッププレイヤー)の地位を握り、短期間で大幅なダイエットを実現させるパーソナル・トレーニングジムでメジャーになったライザップが、「結果にコミット」というコアコンピタンスを横展開して英会話やゴルフトレーニングに参入した。

このように事業ドメインを変えたり、自分たちの創造価値を再定義したり、強みを深掘りして横展開することで成功した事例は多い。これらと同じようなイノベーションを宿泊事業においても起こせないだろうか。二〇二〇年の四〜八月まで、いつ収束するかも分からず先の見えない不安の中で、私自身も陰鬱な気持ちになりつつも、〈宿泊〉に代わるホテルの価値創造のカタチを探っていた。



立ち上がったニュータイプのホテリエたち

 

苦境に立たされ、狼狽えるばかりのホテル経営者・業界人がいる一方で、「下を向いてばかりいてもしょうがない」と言わんばかりに、打ち手を考え、発信し、行動に移しているホテル経営者やホテリエもいた。その代表例は、星野リゾートの星野佳路代表だろう。マイクロ・ツーリズムという新語を作り、テレビやネット番組に出演しては、近隣住民にホテルや旅館を利用していただくためのプロパガンダを熱心に行なった。結果、「マイクロ・ツーリズム(近隣観光)」は、流行語のように語られ、ステイホームの自粛に耐えられなくなった人たちが動き出していった。
 
星野代表だけではない。若手経営者、若手ホテリエのなかからも、柔軟な発想力と行動力でホテルの新たな活路を見出してチャレンジし出している人たちが目立ってきたのである。彼らは、私がこれまで出会って来なかった、いわばニュータイプのホテリエである。ホテル業界人の多くは人好きであり、最上級の接客がしたくてホテルに就職した人ばかりであるが(それはそれで素晴らしいことである)、「ホテルというビジネス」に魅力を感じて事業を行なっている新しいタイプの若手が出てきたのだ。彼ら彼女らは、この業界の既成概念や枠組みにとらわれない発想をし、デジタルネイティブである優位性を駆使して新しいホテルの価値創造をし出したのだ。

私は、そうしたニュータイプのホテリエに強く惹かれた。感染禍で大打撃を浴びて苦しんでおり、若者の就職人気もなくなりつつあるこの業界において、新しい未来のカタチを創り、牽引してくれる存在になっていくに違いないと確信した。そしてこう思った。

「彼らの生き方やホテルビジネスのやり方を取材させていただき、執筆するというプロセスで、これからのホテルの在り方、ホテリエの働き方はどうあるべきかを考えてみたい」

私の本業は、宿泊業のビジネススクールの経営・運営である。本を一冊書くという行為は、膨大な時間を要する仕事であり、(少なくとも私は)書籍を一冊世に送るという仕事には時間と労力を惜しまず一二〇%の力を発揮したい。よって、本の執筆を始めるという決断は本業に支障をきたすかもしれない。それでもこの取材・執筆・出版という仕事のやり甲斐は計り知れないと感じた。本業のボリュームを削ってでもやりたいと心から思った。そして、古巣のオータパブリケイションズの林田研二編集長に連絡し、出版の協力を仰いだのだった。


これからのホテルを思索する旅立ち



これが、本書の誕生の経緯である。このあと登場する五人のホテリエは、必ずしも日本を代表する「ホテリエトップ5」というわけではない。「ポストコロナのホテルの在り方、ホテリエの働き方はどうあるべきか」を考えるための最適な取材対象である。
五人は、人間として、そしてホテリエとして惚れ込んだ若者なのだが、私が魅力を感じる人物には共通点がある。それは、何を〈考えたか〉でもなければ、何を〈言ったか〉でもない。何を〈やったか〉ということである。世の中、社会に対してアウトプット(価値創造)を着実にしているかどうかである。この五人は自らの行動で新しい価値の創出を続けているホテリエたちだ。

だから私は惹かれている。そして、自分の人生を本気で最良のものにしようとしている彼らの生き方、ホテリエとしての哲学を多くの人に伝えたいのだ。
 
本書はそんな思いで生み出された一冊である。

日本社会に敷かれてきた従来のレールの先が、濃い霧に包まれて見通せなくなっている。あるレールの先には貧民街しかないかもしれないし、あるレールは途中で途切れているかもしれない。またあるレールの先にあるのは崖と深い谷底かもしれない。そうした時代においては、既存のレールに乗るよりは、自分が進みたい未来に向けて自分でレールを敷いていく生き方を選択すべきではないか。彼らの生き方は、それが正しいことを示唆している。

本書を通して、五人の人生を辿りながら、これからのホテルを思索するジャーニーを私と一緒に楽しんでいただきたい。そして、経営者の方にとっては、自ホテルが目指す方向が明るく照らされ、現役ホテリエの方にとっては、自分も新たな挑戦をしてみたいと思えるきっかけになれば幸いだ。      

(「第一章 ホテルの意義を再定義する」に続く)


●新刊『惚れるホテルを創る 愛されるホテリエたち』のマクアケプロジェクト




【21.08.11】新刊書籍〈仮題〉『惚れるホテルを創る 愛されるホテリエたち』に関するアンケート

今秋、新刊書籍〈仮題〉『惚れるホテルを創る 愛されるホテリエたち』(近藤寛和 著)をオータパブリケイションズから出版予定です。

いま注目の5人のホテリエを密着取材して、ポストコロナのホテルの在り方、ホテリエの働き方を思索したノンフィクションドキュメンタリーです。コロナ禍によって「宿泊」需要が激減し、宴会やレストラン利用も非常に少なくなりました。コロナが収束しても、世の中や人々の価値観、ライフスタイルは大きく変わり、元に戻ることはないでしょう。よって、ホテルは新しい価値創造を考え、新しい在り方を模索することが求められているのです。本書は、5人の若手ホテリエの取材を通して、「これからのホテル」を考えた一冊になっています。

現役ホテル業界人やホテル志望学生には、キャリアデザインを考えるヒントになり、ホテル・旅館の経営者、マネジメントに携わる人には、これからの宿泊施設の在り方、価値創造をどう考えていくかのヒントになります。

つきましては、下記のアンケートにお答えいただけないでしょうか?
回答いただけましたら、抽選で5名様に、新刊が出来上がった後に一冊プレゼントいたします。

よろしくお願い申し上げます。



             ※※※※ アンケートフォームはこちらから ※※※※            







        カバーイメージです。あくまでイメージです


カバーイメージです。あくまでイメージです

      

        



        裏表紙の帯のコピーです



【21.03.10】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.99)

「熟成ホテルとサードプレイスホテル」

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先日、Club houseを聴いていたら面白い表現を耳にしました。ホテルラヴァーの皆さんが大好きなホテルを語るルームで、あるヘビーユーザーの方がこんなことをつぶやきました。

「ホテルには、経年して熟成して味わいを増すホテルと、10年も経つと朽ちてしまうかのように魅力を失って、注目されなくなるホテルの両方がありますね」

この「熟成していくホテルとそうでないホテルの違いはなにか」という問いは、とても大事な問いだと感じました。OldとVintageの違いはどこから生まれるのかという疑問です。素敵なハードを創り上げるのは開発や建築の仕事。でも、熟成させるのは経営者・運営者の仕事です。では、どんな運営者がホテルを熟成させることができるのか・・・・。こんなことを考えながらホテル運営をすれば、日々どのように運営すべきか、磨きをかけていくべきか、そのやり方も変わる気がします。きっと、しっかりメインテナンスしていくのはもちろんですが、ホテル運営者だけではなく、来られるお客さまとの二人三脚で空気・雰囲気は作られるし、より味わい深くなっていくのだと思います。先日取材した「ひらまつ軽井沢御代田」では、「経年美化」という言葉を聞きました。経年劣化ならぬ、経年美化。つまり、年を経るにつれて美しくなる・・・。ハレクラニ沖縄のオーナーである三井不動産は「経年優化」というキーワードを使っているそうです。


サードプレイスホテル

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話は変わりますが、私には沖縄・那覇に、自分のサードプレイス的ホテルがあります。「Third Place(第三の場所)」という言葉は、スターバックスがそのコンセプトとして使うようになって有名になりましたが、改めて解説しますと、「第一の場所である自宅と第二の場所であるオフィス、それ以外で自分がリラックスできる、居場所を感じることができ場所」という意味です。20年くらい前までは、都内にも「サードプレイスと思えるホテル」、「自分のサードプレイスホテルにしたいと思えるホテル」が多くあったと思いますが、機能重視、収益重視の宿泊インフラ的ホテルが増えていったからか、めっきり少なくなったと感じています。

那覇にある私のサードプレイスホテルは、「ESTINATE HOTEL NAHA」です。グローバルエージェンツが所有・経営・運営しているライフスタイルホテル。ここのラウンジ、とても居心地がいいのです。何時間でも居られます。PCをずっと操作しているワーケーション中らしいノマドワーカー、数人で「ゆんたく」(沖縄言葉で「おしゃべり」)している地元の人、スタッフと談笑している常連さんなどがいつも居ます。私も、那覇で数時間時間が空くと宿泊客でもないのにここにきてメールのチェックなどをしますが、楽しそうなスタッフの接客風景、思い思いの過ごし方をしているゲストの姿などが良い感じのBGMになって、仕事もはかどるからです。

同ホテルのマネジャーである濱田佳菜さんはじめ、数人のスタッフと顔見知りになっていますし、私が気に入っているソファ席も知っているので、黙っていてもそこを案内してくれる。陽気がいい日はテラス席を勧めてくれる・・・。もちろんスタイリッシュこの上ないラウンジの空間美もありますが、それ以上に「自分の居場所」を感じさせてくれるからこそ、足しげく通ってしまうのだと思います。


自分の居場所が全国にあるという幸せ

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先日の沖縄出張時も、「ESTINATE HOTEL NAHA」のラウンジに居ました。「熟成するホテルと、単に古びていくホテルの違いってなんだろう」とつらつら考えながら・・・。そして、そのときに思いました。「熟成するホテルには、そのホテルを愛し、存在を誇りに思うスタッフと贔屓客の存在が必ずある」と。自分がそのホテルに行くと、そのホテルが大好きなスタッフがいて、いつも歓迎してくれる。居場所を感じさせてくれる。知り合いを連れていきたくなる。自分の人生において大事な存在だと思えるホテルである・・・、そんなホテルこそが、熟成していけるのだと気づきました。

つまり、多くの人にとってサードプレイスホテルであるホテルこそ、熟成し続けられるのではないかという結論に至りました。

濱田マネジャーは、運営上心掛けていることとして、こんなことを語ってくれました。

「接客しているスタッフ同士も楽しそうだけれど、『ちゃんとケアされているとゲストに感じてもらえる』というオペレーション、ラウンジの空間づくりが理想です。デュアルライフを生きるゲストのみなさんに、『家にいるよりリラックスできるし集中できる』と思ってもらえる空間を目指しています」




CSクレイジーバンドの山田修司氏から、「ソサエティとコミュニティの違い」を聞きました。ホスピタリティロジック研究者の石丸さんの論だそうです。それによると、その違いは、構成員一人ひとりがみな知り合いではないのがソサエティであり、みんなが知っているというのがコミュニティ。日本は人口減少時代になり、この時代の本質的な課題は、多くの人が孤独を感じるということであり、そうなってくると今後は、ソサエティではなく、コミュニティの価値が高まる。そこに行けば誰か知り合いに会える、自分のことを知っていて、いつも歓迎してくれるという場所。そうした場所づくりのためには、運営者が、どれだけコミュニティをつくっていけるかだと思います。だから、「スタッフが楽しみながら、お客さんとお客さんを繋げることをやる(つまり、コミュニティをつくるということです)」ということがこれからは重要なのだと思うし、それがゲストにとってのサードプレイスホテルになり、ひいては、より魅力を増す熟成ホテルになっていく秘訣だと思います。全国にこんなホテルが増えることが、利用者の人生を豊かにするし、ポストコロナのホテルの存在価値の一つだと実感します。



【21.02.13】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.98) 「すべては共創になっていく」

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私が仕事で関わっている「接客」と「教育・研修」、この二つ、本質は同じです。どちらも提供者と受給者がいるし、価値は目に見えない。今年度、教育の場面と、ホテル・旅館の接客の場面で、大きな感動を得ましたが、実はその感動は、根っこは同じであることに気付きましたので、このブログに記すことにします。

2020年度、第九回「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」、立教大学観光学部のゼミ、沖縄のホテルGM育成という3つの設計・伴走という仕事を夢中で行いましたが、達成感、遣り甲斐と共に、ものすごく大きな感動を得ました。走り切った瞬間に感じる一体感という感動。

いろいろ考えるに、この感動の源泉は、相対する提供者と受給者という関係ではなく、一緒になって同じ方向を目指し、同じ熱さを持ってゴールを切れたということだと思い至りました。

つまり、受講生・ゼミ生・研修生の皆さんは受講料という金銭という価値を払っていますし自分の時間を費やしています。私は知見や研修ノウハウや情熱や時間を払っています。こう考えると、どちらも提供者です。相対する姿勢(向き合う姿勢)ではなく、設定したゴールという同じ方向を向いた同志として、設定したゴールを切るということを一緒に達成した、その一体感が快感なのではと思います。


鍵は「一緒になって価値創造に夢中になる」こと

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同じように接客を考えると、接客も同じだということに気付きます。

接客スタッフは、サービスや自分の時間を提供し、お客さまは金銭と時間を提供します。で、ここでも感動を創るのは、やはり、一体感。サービスは提供するものじゃなく、スタッフとお客さまが一緒になって創るものとしてできた空間や時間や心と心のふれあいを感じた瞬間、感動となる。そのためには、お互いが心を開く必要があります(稲取の浜の湯の仲居さんは、見事にこれをやっています。つまり、自分から素をさらけ出すことによって、お客さまも喜んで自分の素をさらけ出す。結果、精神的な距離感は極めて近くなっていく・・・)。私の記憶に残る宿泊体験って、やっぱり、スタッフと友達くらいに仲良くなれたホテルや旅館の滞在です。

これからの世の中、単なる知識の伝達だけをする講師や、単に接客を一方的に行なうサービスマンは、きっとAIやロボットに替わっていくのでしょうね。

最近、おもてなしだけで「家族を養いながら人間らしく生きていく所得を得る」にはどうしたらいいかということをよく考えますが、上記のような共創のホスピタリティをすることができれば、真の意味でのプロフェッショナルサービスマンとして生きていけると思います。厳しい言い方をすれば、そのくらいのプロ意識がない人は、薄給のままになる。
キーワードは、「一緒になって価値創造に夢中になる」ではないでしょうか。

仕事と遊び、住むと泊まる、旅と仕事などなど、いろんなことがボーダレスになっていくのかなと感じています。2者を分けずに考え、同じ方向を向くってことこそ、ポストコロナ、新・資本主義時代のキーワードなのかもしれません。


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追伸 最近流行りの「Clubhouse」の面白さもこの一体感ですね。ラジオ番組を聴いているようんですが、手を挙げてその会話に参加することができて、一緒に会話を盛り上げることができるという・・・。ホテルのCX設計なども、経営者が決めて現場に落とし込むのではなくて、一緒に創っていったほうがドライブするのも同じ原理でしょうね。



【21.01.11】連載「Game Changer〜変化の時代の自己変革」by 福永健司氏 Vol.3


OWNピークを探せ



皆さんも、「ベンチマーク」というビジネス用語を聞いたことがあると思います。「水準、基準」といった意味ですが、私はいつも大いに参考にしています。ホテルであれば、利益率や人件費率、はたまたブランドの優位性などの是々非々などにも利用します。またベンチマークでなくとも、例えば予算や前年の数値などの比較対象がないと、損益計算書を始めとした財務諸表をレヴューする際も平面的な見方や視野になりがちです。物事を立体的に見る、多面的に検証するためにも「ベンチマークの数値」は有用なのです。

しかしこれが個人のことになると、他人の知見は参考にはなりますが、そもそも生まれも育ちも違う他者との比較は余り意味がないものになります。

それでは個人の成長を考察の考察においては、何と比較するのが相応しいでしょうか。

私は、「テメーの人生はテメーで歩け」という矢沢永吉さんと同じ発想です。つまり、「自分自身」が適切と考えます。問題はいつの自身と比較するのがいいのかです。

私の答えは「OWNピーク(自身の絶頂期)」です。

では、あなたのピークはいつだったのでしょうか?


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眼をつむって頭の中でピークだった時を探るのも一考です。また、例えば「横軸に年齢、縦軸に自身の幸福度やパフォーマンス、出来事」といったグラフを描いて、折れ線で示してみる・・・、そんな自分史を見ながらピークを検証するのも一つの方法かと思います。人によっては若い時に低空飛行だったのが高校入学と同時に最初のピークがきて、次は社会人3年目に次のピーク、そして結婚後に3回目のピークというような曲線を描く方もいるでしょう。

比較できるピークが見当たらないという方は「As-is (現状/今のあなた)」と「To-be(理想/なりたいあなた)」を考えてみてください。まずは現状の自分の立ち位置、持ち手の確認(As-is)と“こうありたい”“こうなりたい”という自分なりの理想や目標(To-be)を認識します。

その理想や目標こそがなりたい自分であり仮想のOWNピークとなります。





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勝負事には勝つにも負けるにも理由があります。そして物事には道理があります。すなわちピークと見込まれた時期には何等かの理由があったはず(あるはず)です。

もちろんご縁や幸運に恵まれたという事もあるでしょうが、それではなぜご縁や幸運に恵まれたのでしょうか。あなたの気持ちがポジティブだったり、今より好奇心旺盛で行動力があったりしたのではないでしょうか、あるいは失敗をおそれず果敢に攻めの姿勢を貫いてはいませんでしたか。

もしそうであれば、その時の情熱や勇気はどこにいってしまったのでしょうか。

他人、環境、時代や年齢のせいにするのは簡単ですが、解決や反攻のきっかけにはなりません。


今後を自身最大のピークにする

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いま、人生のどのステージに立っているのか。それは人それぞれだと思います。ピーク時期が明確になったとしても、現状と比較すると体力や記憶力、持久力など肉体は衰えをみせているかもしれません。

しかしながら、経験、学習、許容力などの増加により単純比較はできないまでも、失ったものや衰えを補いつつ、反攻、すなわち「攻めの気持ち」や行動に転じることはできないでしょうか。

こんな名言があります。

「年を重ねただけで人は老いない。理想を失った時に人は初めて老いる」


理想と行動力さえあれば、今からでも人生最大のピークを作ることができます(と個人的には信じています)。





異種格闘技戦を戦う



今のあなたは突然変異でなったあなたではなく、この世に生を受けてから良いも悪いも含めて様々な経験をし、泣き、笑い、怒り、絶望し、戦ったという結果としての現在だと思います。

明日は必ず来るものではないかもしれませんが、明日は今日の延長ではあります。
すなわち、今日を大事にし、考え、行動に移さない限り、広義な意味での前進はありません。

心意気は「今が全てさ、いつだって」ということになります。

疫病と共にVUCA(V=Volatility/変動性(激動)、U= Uncertainty/不確実性、C=Complexity/複雑性、A=Ambiguity/曖昧性(不透明))が顕在化した今、過去と同じやり方、考え方では覚束ない情勢ではあります。しかしながら、今のあなたを急に違うあなたに変えることも時間を要します。「back-to-basics(基本にかえる)」で柔軟に対応しながらあるべき姿に近づくべきだと思います。

スキルも当然大事ですが、精神力や柔軟性、コミュニケーション能力が必要なのは不変であり、言葉(言語でもあり、伝える力)、数値、マーケティング、ITリテラシーは、あなたの持つべき武器であることは間違いありません。

異種格闘技戦、「バリトゥードゥ(ポルトガル語で“何でもあり”)」の様相を見せる現在のホテルビジネスですが、戦いぬく上では自分自身の進化が問われます。

今までとは違う「チャレンジングな年」ですが、時間は有限であり、2021年は人生に一度しかなく、やり直しはききません。

今年、OWNピークを目指しませんか?






【21.01.01】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.97)「コロナ禍をリフレーミングする 〜2021年の新年のご挨拶に変えて」



新年明けましておめでとうございます。
不安が募る毎日。感染拡大が続きながらの年明けとなりました。

2020年、ホテル・旅館業界に特化したビジネススクール・研修会社である宿屋大学も、業界の皆様と同じくハードな一年となりました。看板講座である「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」も受講生のキャンセルが相次ぎ、受託している様々な研修も中止になりました。売り上げ激減です。宿屋大学を含めた観光・宿泊産業が受けているコロナ禍の負の影響は絶大であることは間違いないでしょう。

しかし、自分の力ではどうすることもできないことを嘆いていてもしょうがありません。みなさんは、「リフレーミング」をご存知ですか。リフレーミングとは、ある出来事や物事を、今の見方とは違った見方をすることで、それらの意味を変化させて、抱いている感情やイメージを変えることです。たとえば、臆病な性格の部下A君に対して、「度胸がない、意気地がない」とネガティブに判断してしまうこともできますが、そこを「慎重派、確実に失敗なく仕事をこなせるタイプ」と捉えれば、A君をポジティブに見ることができます。物事の捉え方の技法、良好な人間関係の構築法として、ホテルグリーンコアの金子祐子社長は、コロナ禍になる前から、このリフレーミングを提唱しています。

このリフレーミングで、コロナ禍を捉えてみると、私にとっては、多くのメリットがあることに気付きます。例えば……

●読書と思考の時間が増えた
●お金を使ったり、モノを消費しなくても喜びや楽しみを創り出す方法をいくつも見出せた
●家族や仲間の大切さを強く感じるようになった
●オンラインによって会議やセミナー開催が効率的にできるようになった
●交通費の圧縮ができた
●どこででも仕事や講義ができるため出張しやすくなった
●ワーケーションという新しいライフスタイルを発見できた
●オンラインセミナーによって、日本国中、世界中どこからでも受講ができるため、商圏が広がった
●世界中の講師に講義を依頼することができるようになった

宿泊業界の皆様はいかがでしょうか。このリフレーミングで考えると、コロナ禍にも、メリットや恩恵がは見出せませんか。例えば、「人が足りなくて、ブラック職場に陥っていたが、解消され、スタッフに休暇を与えられた」とか、「近視眼的な経営・運営になりがちだったところ、ポストコロナを見据えて中長期の経営戦略を立てることができた」「研修の時間が取れた」といったことはありませんでしたか。




地球の悲鳴の“聞こえないふり”は、これ以上許されない



科学的根拠のない説ですが、私はこの「新型コロナウイルス感染症の拡大」という禍(わざわい)は、人類に対して「自分たちの繁栄ばかり考えやがって、いい加減、自然破壊をやめなさい。地球はあんたらのためだけにあるんじゃない!」という暗示ではないかと思えてなりません。コロナ禍は、「経済成長や企業売上や給与の増大というモノサシの代わりの、幸せを測るモノサシ(価値基準)を見つけてなくてはならないタイミング」が来ているという、怒りを込めた神様のお告げなのではないでしょうか。その模索には、資本主義の在り方を見直す必要がありますが(地球という環境が無限であるならば、無限の欲求を持つ資本主義は成立しますが、地球は有限なので、経済成長や売上至上主義の経営の在り方を改めて「成長ではなく定常」を目指すべきという論です。『人新世の「資本論」』というベストセラーに詳しく書かれています)。企業の成長や売上向上を目指して生産力を限りなく高めるために「人々が欲するならいくらでも生産して、ばんばん売っちゃえ!」とするではなく、不必要なものは作らず(食べられないで捨てられる食品や、着られることのないアパレルなど)、人々の基本ニーズを満たすことを重視する生産活動、経済活動にシフトしないと、資本主義が終わる前に地球は終わってしまうのです。といっても、資本主義の恩恵を存分に受けてきた我々西側の先進国の人々は、きっと変われない。そう思って神様は新型コロナをばらまいたにちがいない。リフレーミングせずとも、私にはそう思えてならないのです。地球が発する悲鳴に対して、これ以上、聴こえないふりは許さないという神様の怒りです。

ホテル業界に対しても、本音を言わせていただければ、違和感を覚えることはいくつかあります。「新規のホテル建設は本当に必要なのだろうか、リノベーションではだめなのだろうか」とか、「ツインのシングルユースなどで、宿泊者は明らかに使わなかったリネンやタオルの交換は、本当に必要なのだろうか」「廃棄されるだけの残飯を減らす取り組みは、真剣にされているだろうか」などです。欧州などでは、SDGsの取り組みをしていないホテルは顧客から敬遠されると聞きますが、日本は本当に遅れていると思います。




仕事に上限を定める



「成長ではなく定常」。この考え方で仕事や生活を見直し、理想のライフスタイルを実現することができたら素晴らしいと思います。「佰食屋(ひゃくしょくや)」をご存知でしょうか。京都にある食堂で、ランチ営業のみ、一日100食しか売らず、完売次第営業を終了します。自分たちが必要な売上と利益が出れば、それ以上は働かない、生産しないというビジネスモデルを構築して成功しているのです。働く(アウトプットする)上限を決めておき、余った時間を使って豊かな生活を送るのです。むやみやたらに売り上げや利益を高めようとするから時間がなくなるのです。

これからの生き方、経営スタイルに、大いに参考になる事例だと思います。ただし、そのためには、品質と単価をある程度高めないといけないでしょう。「薄利多売」ではなく、「厚利小売」というビジネスの在り方が必要です。“貧乏暇なし”の働き方をして、自然環境破壊につながる大量生産大量消費ビジネスをするのではなく、 “足るを知る”生き方、仕事のスタイルをすることで、金銭的自由と時間的自由と精神的自由を獲得する。理想を言えば、お付き合いしたいお客さまを選んで、その方たちとだけ価値の共創をすることでビジネスと生活が成り立てば最高です。

令和3年、2021年は、そんな生き方ができる元年になればと思います。
本年も、宿屋大学をよろしくお願い申し上げます。

2021年元旦 宿屋大学 代表 近藤寛和


【20.11.01】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.96)「ホテルは、なぜつまらなくなっていくのか」

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ホテル・旅館を利用していて寂しい想いをすることがあります。

それは、そのホテルの一泊二日の滞在で一度も質問されないでチェックアウトするときです。みなさん一生懸命仕事をしているけれど、お客さんに質問しない。「お客さんに興味ないのなか?」と感じます。本来、ホテルパーソンはヒトと接するのが好きでこの仕事を選んだはず。お客さんだって、セリフじゃない会話をホテルパーソンと交わすことを楽しみにしている人も多い。ちょっと質問すれば、お客さんがどんな意図で旅をしているのか、どんな情報を欲しがっているのかが分かるので、より価値ある接客ができる。なにより心理的な距離感が一気に縮まります。「人は、関心を寄せてくれる人に興味を示す」のです。

決めれらたセリフしか言わない接客(つまり、ホスピタリティの対極にあるサービス)、お客さんとのコミュニケーションを楽しまない接客は、とても残念。

「日本のホテルを利用するお客さんは、建物とか機能にお金を払うけれど、サービスにはお金を払わない」というけれど、提供サイドがお金を取れる「サービス」を本気でしようとしなければ、いつまでたっても「人的サービス」はコストで終わり、ここにお金を払ってもらえるようにはならない。



理不尽なお客さんの存在

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では、なぜこのようなコンサバなサービスしかしなくなるのか。先日取材したあるホテルのマネジャーがその答えを教えてくれました。彼は、こんなことを語ってくれました。

「100人のお客さまのうち99人が素晴らしいお客さまであっても、残りの一人のお客さまがひどく理不尽なクレームを言うお客さまであったとすると、その一人の攻撃で、99人との良い接客経験は消えてしまって、スタッフの心はやられてしまう」

結果、「余計なことはしないで、決められたことだけやって、クレームをもらわないコンサバ接客に徹しよう」となる。つまり、「カネを払う客のほうが偉いんだ」「お客さまは神様」という勘違いをしている昭和を引きずっている日本人の横柄な客の存在が日本のサービス業をつまらなくしている・・・。こういうことが原因になっていることは大いにあるのではないでしょうか。

そのホテルで働くフランス人スタッフは、「フランスなら平気で『(あなたはうちのお客じゃない)お帰りください』と言っちゃいますけどね」と言うけれど、日本ではそれができない。ホスピタリティ・サービス的なものを、もう一度見直さないと、ホテルサービスパーソンの給与は上がらないし、接客がすべてロボットで代用されるつまらないホテルばかりになってしまう。



サービスは、共創である

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サービス提供者と受給者は、サービスという価値と金銭という価値の等価交換をしているので対等関係である。サービスは無料じゃなくて有償である。お客さまはわがままが言える神様ではない。サービスとはこの両者の共創でより良いものにしていくもの・・・。私は昔からこう思っていますし、大学生やホテル専門学校生、ホテル業界人にはこう持論を伝えていますが、いくらこれがサービス提供者サイドに理解されても、サービス受給者であるホテル・旅館の利用者に理解されなければ、いつまでたっても両社の良好な関係は築けない。

そこで、今回、最も力のあるホテル評論家である瀧澤信秋氏にお力をお借りすることにしました。私は、下記のような依頼を瀧澤さんに送りました。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
ホテルや旅館を利用するお客さんのなかには、我儘で傍若無人な方が、残念ながらいらっしゃいます。そうした方への対応に、心を折られる現場スタッフも多く、ホテルのサービスレベルの低下を招いています。また、GOTOや県民割りを利用して、ホテルや旅館を使い慣れていない方々も利用されるようになり、そういった方々がわがままを言って現場スタッフを困らせる事例が増えていると聞きます。
つきましては、そうした酷いお客さんの事例を、ホテルの現場から、宿屋大学が集めますので、瀧澤さんのブログなどでご紹介いただき、「ホテルを詰まらないところにするのは、こうした勘違いして傍若無人にふるまうお客の存在」「お客さまは神様じゃない」ということを広く世間一般に広めていただけないでしょうか。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

するとすぐに瀧澤さんが賛同してくださいました。私はホテル・旅館業界の皆様から事例を集い、それを瀧澤さんに送りました。そうやって実現したのが下記の記事です。

【YAHOOニュース】
<前編>宿泊券10枚要求!? 対応を見せてもらおうじゃないの! いまホテルはこんな客に困っている
https://news.yahoo.co.jp/byline/takizawanobuaki/20201029-00205287/

<後編>過剰な客室確保?何度も予約取り直し!? いまホテルはこんな客に困っている(GoTo編)
https://news.yahoo.co.jp/byline/takizawanobuaki/20201029-00205290/


果たして、この記事は、配信日に最も読まれているニュースランキングの一位と二位になりました。


「ナイスチャレンジ!」と言える上司


「理不尽なお客さんがホテルや旅館を詰まらないものにしている」ということを感じる一方で、ホテル・旅館サイドにも大いに改善すべき点があると実感しました。
 この取り組みをしている間、こんな意見をホテル業界から頂きました。

「本当に困ったお客さまは1000人に1人くらい。多くの場合、ホテルサイドの対応に問題があるし、ホテルの努力で解決できる」

「100人中99人も素晴らしいお客さまがいたら、一人くらい理不尽なことを言う人がいても、いいんじゃないのですか。一人の理不尽客にくよくよする人は接客に向いていない」
 
私も、接客パーソンはタフさが必要だと思うのです。理不尽客に一回や二回出会ったからって、「自分のホスピタリティを諦めないでほしい」と言いたい。世の中良い人だけで成り立っているわけがないのだから・・・。

もっと、声を大にして訴えたいのは、マネジャーや経営者のスタンスです。
下記も、この取り組み期間中に業界識者K氏からいただいたコメントです。


問題が起きたとき「支配人を呼べ」みたいな時に支配人を呼んで終わった後に支配人がなんと言うか。

(A)「お前は前向きにやろうとしたんだから気にするな! もっとやっていい。謝るのはおれがやるから」

(B)「なんでそんなことしたんだ! もうやるな! バカヤロー!」

ホテル・旅館業界には、圧倒的に(B)が多い気がします。ちなみに従業員第一主義を掲げるサウスウェスト航空の場合、従業員のモチベーションが落ちるお客さまには「他の航空会社への御搭乗をお勧めします」と言っていいそうです。それが本当に意味でのESなのでしょう。

スタッフがホスピタリティを発揮して、良かれと思ってやったことが残念ながら失敗やクレームに繋がったとき、上司が「ナイストライ、ナイスチャレンジ!」と言えるかどうか、これがこれからの業界を面白くするか、つまらないものにするかの分岐点になると思います。


【20.10.01】新連載「Game Changer〜変化の時代の自己変革」by 福永健司氏 Vol.2

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あなたにとってのゲームチェンジャーとは何か?



面白きこともなき世を面白く すみなしものは心なりけり


自分の心の持ちよう次第で面白いことがない世でも面白く感じられるし、面白くすることもできる。という一句です。

そこに疫病があろうが不況があろうが極論、関係ないのです。時代背景があっても時計の針は止まらず、またやり直しもさせてくれません。今、この瞬間、この時間はあなたにとってかけがえのない他に代わりのない最重要なものなのです。

You Only Live Once(YOLO)― 人生は泣いても笑っても1回きりです。

そうした意味では我々は外的要因があろうとなかろうと自身を見失ってはいけません。

“やっておけば良かった”人生と、“やっておいて良かった”人生は、文字にすると小さな違いですが自身の満足感や今後のあなたたに大きな影響を及ぼします。自分一人を満足させられないようであれば他人を満足させることなどは無理であると思っています。
また行動とそこから得られる経験や体験こそがすべてだと思います。頭でっかちにならず、怖がらず前に一歩でも進みたいものです。

冒頭の通り、誰かが、ましてや会社があなたのことを面白がらせたりはしてくれません。それは自分で探し、感じるものです。

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紫色のバラ


私は以前に外資系メガチェーンホテルにて日本とグアム地区の統括総支配人の役割を担う機会を頂いたことがありました。そのポジションは新設であり、また日本人としては初めての役割です。従前は東南アジア他国(タイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、日本、韓国、グアム)と同じグループでしたが日本&グアムエリアとして独立することになったのです。着任にあたり上司との引継ぎを兼ねて担当となる20ホテル、13社のホテルオーナー(当時)に挨拶に出向きました。

各オーナーにとってホテルは大切な資産ですので、面談の際には現状、そして今後の開発、運営、営業、マーケティング、財務、人事関連につき要望に応じた話をしました。
ご挨拶のスケジュールの終盤を迎えたタイミングでお会いしたオーナー会社との面談の際に女性の方が着物を召されており、それはあるお祝い事があるためだという話になりました。
その日最後の予定だった面談が終わり、帰り際にタクシーに乗った瞬間に上司が一言、「紫色のバラの花束を直ぐに用意し、今夜中に彼女の手元に届くようにしてほしい」というのです(着物の色は紫がベースだったのです)。

“紫色のバラ”。

これはショックでした。お祝い事の話を聞きながら紫色のバラを贈ることを考え、即座にその手配をするという行動力。一方の私は、赤、白、黄色は分かるが、紫色のバラがあるのかがすぐにわからずうろたえました。落ち着いて考えれば存在することはわかるはずですが疲れも手伝って(上司の日程の問題もあり連日の面談で英語通訳を兼ねておりましたのでかなり疲れていました)軽くパニックに陥った記憶があります。結果としては上司の秘書の方に紫色のバラを探してもらい、その夜には先方に無事届けることができました。サプライズでもあり喜んで頂けたのは言うまでもありません。この一件も含め、各オーナーとの面談の際の上司のコミュニケーション能力や様々な発想を目の当たりにし、すべての面談の終了後に今回のポジションを上司のようにやり切れる自信がない旨を正直に話しました。

そこで言われたのが、

「あなたはあなたのままでいい。私は自分のコピーが欲しいわけではなく、あなたのキャラクターやAttitude(姿勢)を買ったのだ。だから自分を無理に変える必要はなく、あなたはあなたらしく振舞えばいい」

と背中を押されました。

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私にとっては“紫色のバラ”は精神的なゲームチェンジャーの一つとして今でも気持ちの中に咲いています。上司の言うように無理に自分を変える必要はなく、自分らしくあればよい。ただし、重要なことはそこに何かを加味し、人とは違ったバリューを出すのかを考え行動に移す必要があるということ。

オーナーもしくはオーナー会社側の代表者とお付き合いするのは、そう簡単ではありません。上司である元担当と違うスタイルをどのように出すのか? どうすれば上司を上回る提案や結果がだせるのか? オーナーにどのように貢献できるのか? そして自分らしさとは何か? という葛藤や自問自答が常にありました。ここであった内省がその後の自分の再構築に役立ちました。


繰り返しになりますが我々は難しい局面に立たされていますが自分らしくあればいいです。しかしながら同時に時代を生きぬくために何らかのトランフォーム(変換)が求められています。

次回のブログからは、より具体的にゲームチェンジャーのヒントになり得る要素を発見する旅に出たいと思います。



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